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SFショート

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黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
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#SF

鑑賞者

「ごらんください。あちらがブラックホールに飲み込まれる恒星です」  クラーク15号の展望デッキにひとびとが集まってくる。  みな豪壮ないでたちをし、肩をそびやかしている。  船体から飛び出た、試験管のような細いデッキは、  またたく間に群衆にひしめいた。  わずか数光時かなたに、  今まさに、吸収が始まった恒星が見える。  青白い光が、細く引き延ばされ、  漆黒の球の中へと引きずり込まれている。 「ほう、なかなかの奇勝であるな」 「悠遠をめざす旅で、久方ぶ

ほらいずん

ああ、沈んでしまう。太陽が。 広がる海の外がわ。 波は、その地点から発生して寄せてくる。 波は、その地点で産まれている。 他に発生源はないのだろうか。 考えてみよう。 † ないはずだ。 この海では、うねりも風もない。 それは、大きな液体が微動だにせず、 大地に張り付いている状態だ。 それは、この星が死んだ星だと、 痛いほど証左している。 冷たい星なのだ。 温度を上げる装置がイカれてしまって、 風も海流もない。 だから、 波は、あの地点から発生

リアル

 新しくヘッドフォンを買った。  64,800円した。  世界初の機能が搭載されているから、高い。  売り文句は、  ありとあらゆるものにリアリティを!  初めは音楽を聴いた。  耳が飛んでいきそうなくらいの、  大音量で聴いた。  目をつむればそこは、  レコーディングスタジオだった。  ライブハウスにいるような臨場感を味わえると思っていたから、  拍子抜けだった。しかし。  推しのドラムがミスをした時の、  十代の少年にぴったりの可愛い笑い顔!

星番

 2000年目にもなると、もう何もすることがなくなってしまう。  人の一生の20倍だ。  わたしは、100年毎に、  性格や趣向を、アトランダムにシャッフルできる機械に入る。  前のループまでは、なんとかそれでやり過ごせたが、  もうそろそろ限界を感じた。  初めは――  すなわち、わたしが、母の体から産み落とされた時、  仮に、オリジナル、と云おう。  その100年間は、社交的な性格だった。  趣味は、何かを鑑賞することだった。  観たもの聴いたもの感

桜花

どぼん、 水たまりに飛び込んだらそこは、 宇宙だった。 映る空に向かって飛び降りようとしたのに、 宇宙に出てきてしまった。 けれど、そこはわたしのよく知る宇宙じゃなかった。 見える星座も、天の河のかたちも、 なんだか違うようだった。 夢は、宇宙飛行士で、 小学校に入ってからは、歯磨きの時間を毎食後3分取っていた。 給食の量が多くて、歯磨きの時間が休み時間にはみ出ても、わたしひとり磨いているくらいだった。 高校は宇宙工学科のある学校を選んで、大学もそうだっ