マガジンのカバー画像

SFショート

113
黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
運営しているクリエイター

#毎日note

BONE

君が吹くトロンボーンは、 いつもきらきらとしていて、綺麗だった。 私は、君の出している音しか聞いたことがないから、 どのくらい上手とか、そういうこと、あまりよくわかっていないけれど。 それでも。毎日きちんと手入れをして、 暇さへあれば指を動かして練習をして、 それで、君がその合間に、私を振り返った時、 君は、いつも決まって笑顔なので、 私は君のトロンボーンがすきです。

夏を想う

命を紡ぐ群青の海から、白波が寄せてきました。 そして、私の裸足を隠して、また、あらわにしました。 一瞬冷たくなったけれど、すぐに照りつける太陽で赤くなりました。 ――夏って、そんな感じの思い出しかなくって。 君の横顔とか、ふわっと跳ねる香りとか、髪がなびく音とか。 あんまりそういうのって、情景的で記憶に残っていないんだな。

対比行

青い月、赤い太陽 硬い月、柔らかい太陽 弱い月、強い太陽 暗い月、明るい太陽 胸元が、大きく開いた君、 夜に、姿が溶けていくぼく。 繋がりを、忘れ始めた君、 これからでも間に合う、と云うぼく。

電球

交換しなければならない電球。 ランプ自体は全部で三つあって、階段に、三段飛ばしで設置してあります。 上の段の方からひとつ、またひとつと消えてゆく最中から、 「買ってこなきゃな」と は思っていたんだけれど、 面倒くさかったり、忘れていたりで、 やっと、全部切れてしまいました。 だから、今日からは真っ暗です。 これはこれで。

土曜日

 もう、桜も散ってくるような季節だけれど、  闇が深けてくると、どうしても寒い。   「寄り添えば暖が取れる」    と君が云うので、ゆっくりと隣に腰を下ろす。 「失礼します」  と、わたしが君の腕に身体を寄せる。  今夜はよく、眠れそうだ。

共有事項

君の眼鏡の反射に、わたしが映り込まないくらいまで近くに居たい。 おんなじ布団で寝れば、眼鏡が触れ合う音がさみしい。   もし、裸眼になったときは、見えないものもおんなじがいい。 君はあまり眼鏡を外さないから、わたしも同じように外さないでおく。 それが二人の結び目になるのだろうから。 だから、勝手にコンタクトに変えるのは辞めてね。 おねがいします。

暖冬

 ちらちらと舞うように、着地点も盲目なまま落ちていた雪が、  サラサラとまっすぐに、高速で落ちる雨に変わるので、  わたしは君に傘をかけた。 「いいんだ、君が濡れてしまうから」  そう云って、君はわたしの手首をぐいっと傾けた。  いや……と手首を傾け直してもう一度、君にかけようとしたら、 「この儚くて、せつな的な一瞬がすきなんだ」    怒ってはいないけれど、いたって強い芯のある声で、そう君が云ったので、  わたしは大人しくしゅんと傘をすぼめた。  君のまっすぐな眼

部屋さがし

海がみえる町が好きです。 遠くにみえるより、できれば近くが嬉しいです。 あぁ、あと空も好きです。 空の支配力が強い場所を望んでいます。 雲も流れていると嬉しいな、あ、でもこれはかみさまのお仕事ですね。 都会はにがてだけれど、夜景はみえて欲しいです。 なので、街に近い場所より、高台のちいさな町が望ましいです。 そうだ、だいじなこと。 サンセットはマストでお願いします。 西の果てに、あかく染まる海と空の狭間に、ゆっくりと落ちてゆく太陽がみえる場所がいいです。

ゆく道くる道

 ついさっきまで豆粒のようだった人影が、  夕の影が伸び始めてようやく、眼前に到達した。 「こんばんわ」  彼女、声をかけてみてやっと気がついたみたい。 「あら、こんな夕暮れにひとり?」  君が来たからひとりじゃないよ、と云おうとしたけれど、やっぱりやめた。 「君をまっていたんだよ」 「どうして?」 「久しぶりに人影が見えたから、どんなのか気になったのさ」 「それじゃあ、こんなのが来て残念ね」 「意地悪はやめておくれよ。ぼくは来てくれたのが、君で、うれしいよ