【連載小説】発砲美人は嫌われたくない_6

 僕は腹ばいになったまま、あたりの様子を探った。
 先ほどの破裂音は尋常ではなかった。が、あいにく僕はこのところ尋常ではないこと続きでなにが尋常かわからなくなっている。こういうときこそ頭をリフレッシュするための休暇が欲しいと思うのが人情だが、この世は無常。トラブルと修羅場は立て続けにやってくるものと相場が決まっている。
「ど、どうしましょうか」
 ミサキ、と名乗られたのが名前なのか名字なのかもわからないまま、僕は「ひとまず様子を探りましょう」とヤカタさんと別れたあたりに目を凝らした。破裂音はそちらから聞こえたような気がする。
「すごく落ち着いてるんですね、スエヒロさん」
「嫌な予感がするんです」
「私もです。さっきの、鉄砲の音、みたいな感じでしたよね」
 僕は黙って腹ばいにした身体を少しだけ持ち上げた。
 あたりは騒然としている。同じように、地面に伏せた人たちも戸惑いがちに身を起こしつつある。
 その時だった。
 再び、建物中に響くような破裂音が2度響く。大きな悲鳴。
 何らかの装備で身を固めた警備員か警官らしき複数人の姿が、人込みに紛れて垣間見えた。しかし、音に驚いて「きゃっ」と声をあげたミサキさんに飛びつかれ、僕は再び身を低くする。
「すみません、びっくりしちゃって」
「いえ、平気です」
「もしもハイジャックとかだったらどうしましょう。出張は中止になりますかね、始末書を書かなきゃいけなくなるかも……」
「あの」
「いや、そんなことより命が大事ですよね」
「あの、ミサキさん」
「なんでしょう」
「そろそろ離していただいてもよろしいですか」
 腕にしがみついていたミサキさんは、「あっ」と短く声をあげた。「すみません、びっくりして腰が抜けてしまいました」
 見れば、タイトなスカートから伸びる黒ストッキングの脚はたしかに力なく投げ出されている。これでは歩くのは難しいはずだ。
 そうこうしているうちに、あたりの様子がおかしくなっていることに気づいた。シューっという何かが漏れ出すような音があたりを包んだかと思えば、徐々に視界が煙に覆われていく。薬剤が目に染みる痛みと多少の咳は出るが、有毒なものではなさそうだ。
 あちこちで怒号が響き、大音量で避難誘導のアナウンスが流れる。おびえた人々は我先にと出口を目指して動き回っていたが、ほんの数m先まで見えなくなるほど煙が立ち込めるのに5分とかからなかった。
「置いていかないでください」
「大丈夫です。下手に動くと逆に危ない。今はじっとしていましょう」
「すみません」
 ミサキさんは小声で謝ったが、掴んだ僕の袖を離そうとはしなかった。その手がじっとりと汗ばんでいるのがワイシャツ越しにもわかる。
 
(まだまだつづく)

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