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気がついたら5年間で4カ国に住んでいた。計画か成り行きか。

オーストラリアに来てから早くも5か月が経ちました。そして「そういえば、ここ5年間で4カ国に住んでいる」と気がつきました。

大学3年のイギリスへの交換留学、1年ほど日本に戻り、大学院は韓国へ、そして半年ほど日本、それから今はオーストラリア。

こう書くと、相当海外が大好きなんだろうと思われるかもしれませんが、実はそうでもなかったりします。私にとって日本は一番生活しやすくて安全な国で、日本以外で骨をうずめるなんて考えられません。

第一、海外に親戚一人おらず、日本の地方で生まれ育った私は、渡航の際はいつも手探りで情報をかき集めるしかありません。これがとても大変です。大阪か東京でしか取得できなかったイギリスのビザ、東京で受験したオーストラリア行きの就職試験…。

出発前からお金と時間とエネルギーがなくなっていき、いつも「わーなんで自分はこんなことまでして、この快適な日本を出ていきたいんだろう。もう次はしない」と思うのが正直なところです。

それでも国外に出ようとするのは、「生きている間にできる限り、色々な場所や文化、人、食べ物に出会いたい」という思いと「一か所に長くとどまることへの抵抗感」でしょうか。

海外である必要はないのですが、やはり国内よりも国外の方が変化やちがいは大きくなるので、結果的に国を転々としています。

最近、同僚の日本人やその他オーストラリア在住の日本人と話していて気がついたのが、案外「たまたまこちらに住むことになった」という人が多いということです。

「絶対に日本以外に住む!」というような、いわゆる海外志向というよりも「たまたま結婚した相手がオーストラリアの人で…」「全く海外に住むとは想像していなかった」といった言葉をよく耳にします。

そう言う私も、はじめのイギリスへの交換留学を除き、実は韓国にもオーストラリアにも住む予定はまったくありませんでした。気がついたら流れついていて、自分でもびっくり。

大学院進学の際は、たしかに意図的に日本以外を選びました。英語力を伸ばしたかったからと、留学のための奨学金が充実しており、国内よりもむしろ経済的だったからです。

ただ、大学院に進学するために韓国に2年以上も住むなんて想像もしていませんでした。元々旅行として時々訪れていましたが、「韓国に住むのはちょっと…」と母と話していたことを記憶しています。それが見事にブーメランになって返ってきました。

韓国に流れついたのは、コロナにほかなりません。

本当はドイツかノルウェーといったヨーロッパの大学院に行きたかったのですが、願書の準備がちょうどパンデミックの最初の時期で、当時はとても現実的な計画ではなく、ヨーロッパ行きは断念しました。

そうなると、日本から近いアジアの国に絞られ、英語で学位取得でき、かつ私の関心分野を勉強できる大学院は韓国のソウル大、ということになりました。

小学生の頃、初めての韓国旅行で訪れた東大門の高層ショッピングモール、電灯やネオンサインを卸売する小さい店が軒を連ねる通り…。

韓国に住むようになって、こういった思い出の場所を通りかかることが多々ありましたが「あの頃の自分に『韓国の大学院で勉強しているよ』と伝えたらどう思うかしら」と不思議な気持ちになりました。

そして、もっと信じられないのが大学院修了後、オーストラリアで就職したこと。

本当は「ソウル=韓国の首都にはもう住んだから、次は自分の国として東京に住んで働こう」という計画でした。姉夫婦も関東にいますし、素敵な美術館や展覧会もたくさん集まっています。

ところが、新卒採用として20社ほど応募しましたが、面接でことごとく不合格。

悶々とするなか、韓国人のクラスメイトとお昼ご飯を食べていた時、いまの私の仕事につながる話になりました。「え、そのポジション挑戦したい」と帰宅後に急いで調べて、書類準備をして応募した、という形です。

ところで、赴任先がオーストラリアになったのはたまたまです。応募する際に、イギリスかデンマークを選んだのですが、ふたを開けてみるとオーストラリア。いつか旅行してみたいとは思っていましたが、まさか住むなんて思ってもいませんでした。

本当に人生どうなるか分からないと実感します。

文章が長くなってしまったので、改めてじっくりと書きたいのですが、この数年の私の歩みを振り返って考えたのは、「人生どこまでが計画でどこからが偶然なのだろうか」ということです。

私の一連の海外滞在遍歴を例に挙げると、計画と偶然が複雑にからまり合って、あの時はあの国に、今はこの国に住んでいます。もちろん、これは私個人の経験や住む場所に限った話ではなく、あらゆる人が色々な場面で経験しているはずです。

あの時、あの人に出会わなかったら。あそこに行かなかったら。

人生で自分がコントロールできる部分は、思ったよりもずっと少ないのではないでしょうか。ただ、それならば何でも身を任せて無自覚に流れるように生きればいいのか、というわけでもなく。

自分が望む未来を思い描き、その達成のために計画を立てて、少しずつ実行していた先に、ある日偶然が起きる。時に、その偶然は計画を阻害するものかもしれません。

でも、それは必ずしもネガティブなものではなく、自分の頭で考えついた以上の、より良い現実を運んできてくれることも多々あります。

つまり、計画は現時点での意思表明にすぎず、今はたしかに達成に向けて動いているのだけれど、実は達成そのものよりも、素敵な偶然の発生を待っている、という方が近いのではないか、と最近は考えています。

私はこの心持ちになって、目標を楽観視あるいは客観視できるようになりました。

目標は、良くも悪くも自分の頭で想像できる範囲に過ぎません。それならば、目標の未達は必ずしも悪いことではないはずです。

今は○○な未来がベストだと想像して現実のものにしたいと思っているけれど、この先に自分が考えもつかなかったくらいのより良い現実が待っているかもしれない。今やっていることは、良い偶然を生むための種まき。

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