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『Life Begins』配信中! 参加ゲスト「NO VALUES AT ALL」対談

スズキコウタが2024年6月にリリースした『Life Begins』は、2023年9月から2024年3月にかけて録音したアンビエントスタイルのサウンドスケッチをもとにしたアルバムです。数名のゲストが参加しましたが、オーディオ素材によるカメオ出演でなく、楽曲のアイデアを共に考えた唯一の存在が、匿名音楽家集団「NO VALUES AT ALL」。(この機会にチーム名を決めたという。)何をサンプリングするかという考えを拡張する機会を与えてくれました。ここに掲載するのは、メンバーのひとりとスズキの雑談の様子です。

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K:「何も価値がない」という名前がユニークだけど?

N:この名前は私たちはアーティストとして才能に欠けるという自己否定と、「それに何があるんだ?」「それがどんな価値をもたらすんだ?」という経済のルールからコンテンツを解放したいという意があるんだ。

K:なるほど、深く同意するよ。NOという打ち消しに、AT ALLという強調で、その気持ちの深さを感じるんだけれど、ポール・マッカートニーの曲の歌詞なんだよね?

N:そう。たぶん誰も知らない、誰にも価値を示していないポールの曲。おそらく最も聞かれていないポールの曲だよ。

K:『NO VALUES』、『Give My Regards to Broad Street』の曲だよね。僕は知っているよ(笑)

N:ミドルで「No Values」って叫ぶんだ(笑)

K:そうそう。たしかにポールの低迷期ではあるね。

N:なぜコウタはアルバムをつくることに?

K:何度か試みたことはあるんだ。つまり、ずっと目指していたこと。最初は2006年、そのあと2016年。どちらも形にならなかったのは、どのメディアでどの層にリーチするかと考えてみたら定まらなかったということでね。

N:とっても「Values」に執着があるね。

K:うーん、そうなのかな。

N:なぜ今回は完成して公開までいけたの?

K:あまり公開を想定してつくらなかったからだろうね。父親を亡くしたり、裁判があったり、体調を大きく崩したり、初めての経験とトランジションが多い中で、どんな音が自分から生み出されてくるのか。その定点観測と変化に最大の興味があった。

N:そうか。たしかにコウタが編集者やファシリテーターとしてやっていることとは正反対で、すごくパーソナルな世界だし、「誰かに何か価値を与えないといけない」という責任が聞こえてこない音楽に仕上がっていると思うんだよね。自分しか見ていない。

K:そんなナルシストみたいな・・・

N:いや、そういう意図じゃないよ。いい意味で、これぞソロ・アルバム。おじいさんやお父さんや愛犬が参加しているというのも、全然ゲストじゃない、身内だしひとりの世界観じゃないか。

K:そうだね、僕は編集者のときは「共創」という言葉を冠につけるのだけど、そういうことはなかったね。

N:でも、私には機会をくれた。

K:ほとんど僕が演奏しプログラミングをしているけど、ちょこちょこ音を差し替えたりしてもらったね。

N:どれが自分の音かは、もうよくわからない(笑)

K:そうかもしれない。このアルバムをつくり始めてから、かなり機材を買い替えたのね。収録した曲は2023年9月から2024年3月の作品だけど、ボツにした作品も含めると2022年11月からつくり続けていた。だから、ソフトウェアのバージョンも変わるし。

N:そうだね。

K:Macを買い替えて、DAWとして使っているableton Liveのバージョンが変わったし、ArturiaやWavesといったオーディオプラグインも変えて、オーディオインターフェースをApogee Duet 3に変えて、ソフトシンセやプラグインをいくつか買い足して、ローランドのTR-808とTB-303のモデリング機を買って、マスターキーボードも買い替えて・・・。

N:僕らの提案で、RC-20とか、Wavesのプラグインを買い足していたね。

K:うんうん。そうだね。終盤のレコーディングや仕上げのミックスの段階でも、どんどんシステムが変わって。

N:コウタは一時音楽から離れていたから、これだけ投資をするのは久しぶりだったんじゃない?

K:本当にそうだよ。それだけ音楽をやりたい、という強い気持ちが芽生えたんだ。10年ぶりだったかもしれない。

N:なぜ音楽づくりに戻ってこれたのだろう? DJも再開しているそうだし。

K:父が末期がんになって、あっという間に亡くなったことは大きかったね。編集者としてのキャリアを優先しすぎて、ライフワークの音楽に取り組むことを忘れてしまっていた。

N:お父さんが音楽をやりな、と言ったの?

K:いやいや。彼には、2025年ぐらいまでに考えている仕事の話はしていたのだけど、そこに音楽は入っていなかった。父が危篤状態になり始めたとき、出張がすごく多かったのね。それで、あるとき山梨県大月市に連日通わなきゃいけなくて、電車に乗っている時間が長いのね。東京から2時間ぐらいかな。その空き時間にableton Liveを開いて、父が大好きだった矢沢永吉の『I Love You OK』という曲のリミックスをつくったの。それは結果的に、亡くなる前に父に聞いてもらって、僕の喪主挨拶で流したんだ。その作品が久しぶりの音楽制作だった、たぶん5年ぶりとか。

N:お父さんが出発点なんだね。

K:だから彼の奏でる音も入っているし、リリース日は彼の誕生日なんだ。

N:昔の話だけど、コウタとお父さんに根深い確執があったことを知っているよ。

K:もちろん。恨んではいないけど、僕の影にはかつての彼の暴力があるし。

N:私はふたりを知っているけど、コウタが父とバーチャルコラボレーション? マジ? そう思ったよ。

K:愛だけが憎しみを超えられる、ということだよ。

N:マーヴィン! そんなお父さんとセッションをするには、素材がiPhoneの音しかなくて、どうビートルズの『Free as a Bird』みたいなことができるかと相談が私に来たわけだ。

K:その通り。あるプラグインについて相談したんだよね。「でもそれって、iZotope RXでできる」と言われて、あらまあと。

N:あまり使っていなかったの?

K:使ってたよ。父のためにつくったリミックスでも使ったし、レコードの音をデジタル化するときとか。でも、それが結びつかなかったんだ。

N:サンプリングするために、必要な音だけを抽出して、別に新規でつくった音楽に同期させる方法ということだよね。コウタは私には別のプラグインを尋ねてきたけれど、それを持っていなかったんだ。でもそれって、すでにコウタが持っているプラグインでできることだよって。

K:ちょうど同手法で、去年末にビートルズも新曲を出したよね。

N:『Now & Then』。あれはたぶんiZotope RXではない、別の分離とオーディオ修復の技術を使っていると思うけれど、発想と手法は一緒だよね。ジェフ・リンが『Free as a Bird』でやったことと、今回ジャイルズ・マーティンが『Now & Then』でやったことは同じだけ価値があるけれど、ジョン・レノンの声の明瞭さは遥かに後者が勝る。これは、私にはマルチトラック・レコーダーのチャンネル数が増えたことや、シンセサイザーがポリフォニックになって、やがてサンプラーが生まれていったような技術の革新による音楽の成熟と同じぐらいの進歩じゃないかと。

K:へぇ。それが商用スタジオだけじゃなく、人びとのコンピューターでも操れるし。

N:ただ、iZotopeでコウタが使っているRXもOzoneも重いね。

K:うーん。Macが進歩して、たくさんソフトシンセやプラグインを追加して、何十ものオーディオトラックを操ってもびくともしないけれど、RXでプロセスをするときや、Ozoneをマスターチャンネルに挿した後は重いね。

N:いくつか、コウタが今回つくった曲のableton Liveデータを見たけれど、ある曲はオーディオトラックがひとつもなくて、全部ソフトシンセのMIDIチャンネルで、たくさんプラグインが挿してあった。あんな作業は、Intel Macまではできなかったと思うんだ。

K:そうかもしれない。

N:オーディオトラックをあまり使っていない印象だね。

K:うん、Logic Proでつくった曲はオーディオが多いけど、ableton Liveで完結した曲はサンプリング以外は、ほとんどAUv2のソフトシンセか、サンプラーか。

N:ソフトシンセの音をオーディオ化せずに、そのままミックス・・・

K:ホントは良くないんだろうなっていうことは分かっているけど(笑)

N:逆にオーディオトラックしかない曲もあった?『Motor』。

K:あれは、No Valuesに特に助けてもらった曲だね。

N:ソフトシンセも、ハードシンセも一切使わなかった。iPhoneの動画に入り込んだ雑音で、どこまでいけるか考えてみたら、とアドバイスした。

K:そう、ボツにした同傾向の曲があって、それにはTB-303の音が入ってて。逆につまらなくしてしまっていた。

N:あの曲でサンプリングするときは、お父さんやおじいさんの素材と違って、本来オーディオエンジニアが消したい音を誇張するということだったね。

K:父とおじいちゃんの曲をつくり終えたあとに着手したんだけど、この素材はどのように音をプロセスしてからサンプリングするか、ひとつひとつ違う判断だったよ。そこを助けてもらった。僕にはNo Valuesの作風というのは分からないけど、すごく「No values at all」っていう曲になった気がするな。ナンセンスだよね。

N:意味深ではあるよ。メッセージを含めるなら、いかに人類がモーター駆動の機械に操られているか、知らない間に駆動音が耳にたくさん飛び込んできているか、みたいな批判はできる。

K:そういうことを一切したくなかったんだよね、今回のアルバムは。メッセージとか社会的価値とか、何を提供するとか、もたらすとか。もうそういうことはウンザリするほど、編集者としてやり尽くしたんだ。

N:音楽は自由にする、坂本龍一の言葉。

K:編集者というライスワークでは「何を伝えたい」「何を提案したい」「誰にリーチしたい」と考えることから逃れられない。音楽をつくることはせめて自由に。

N:コウタは立派なNo Valuesのメンバーだね。

K:(笑) もしこのアルバムのイデオロギーを明示するなら「No values at all」だと思うよ、うん。

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