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Sally Seltmannの新曲がすごい。オーストラリアの天才シンガーソングライター。

8月2日にリリースされた、オーストラリアの女性シンガーソングライターSally Seltmann(サリー・セルトマン)の新曲『Night Bird』が、理由を明確に話せないのだけど、なんだかすごい・・・と思っています。この1週間、気がつくと聴いている、リピートしまくっている。

Sally Seltmannの音楽に出会ったのは2010年。もう12年も前ですか。

その頃、僕はまだDJとして活動していて、でも、そろそろダンスフロアでエレクトロやレイヴを浴びて大騒ぎすることにクリエイティブがあるのかと考え始めていました。

ちょうど同時期に、Gross National Happinessやローカリゼーション(地域循環型経済)に未来を感じるようになっていて、だんだんとDJの内容がアンビエント〜音響派に変化し、ableton Liveを用いて即興で既存の曲を音響処理して、その上にあたらしい幸福論についての学者の見解やメッセージの音声を乗せてダブ化するという、ちょっと抽象的でトリックの多い内容に。

そんなコンセプトの囚われの身になり、かつダンスカルチャーへの一時的違和感から、音楽をどう受け取り自分というフィルターを介し、DJや作品にするかがゆらぎ始めた時期に出会ったのが、Sally Seltmannというひとりの女性シンガーソングライターでした。

最初、友人がTwitterで『Dreams About Changing』という曲のPVを投稿していて。1960年代のアメリカン・ポップスと、2010年代のオルタナ〜インディーの文脈が重なる音像と、ド直球で屈託のないポジティブでチャーミングな歌詞に、すぐ魅了されました。

そしてアルバムを取り寄せて聴いたら『Happy』という曲が入っていました。

おそらくソフトシンセ音源と思われるエレピの音とヴォーカルのみのシンプルなアレンジメントですが、幸せになりたいと願う女性の希望と葛藤が淡々と歌われ、時にアート・オブ・ノイズのようなヴォーカルの切り貼りで音像変化が生まれ、最後にガラッと雰囲気が変わって「I just wanna be happy」とリフレインし終わる。

よくできた曲だと驚かされたし、前述のような価値観〜DJの実験を勧めていた頃だったので、よくプレイしていました。

どの曲もポジティブで、アメリカン・ポップスに由来があるアレンジメントや曲構成に思えたのが、僕には大きかったのでしょう。東日本大震災以前でしたし、社会課題を主領域にした編集者になる前でしたが、ただひたすらにポジティブに表現し続けていて、ポップスという音楽の利点がいかされ、希望を与える作品群に感銘を受けました。

Sally Seltmannは、数年前に、あるSpotify Playlistを公開していて、それには2010年の諸作をつくるにあたってリファレンスにした楽曲が含まれています。The Beach Boysを2曲選んでいますが、どちらも全盛期の曲でなく、Brian Wilsonが指揮したものでもない。音楽マニアっぷりにニヤッとしました(笑)

さらにEnyaの曲がひとつ選ばれています。『Orinoco Flow』と先の『Happy』を続けて聴くと、その関係性がわかることでしょう。

Enyaは日本では、いわゆる「癒し系」ムーブメントの象徴のようになってしまったが、Sally Seltmannの用いるヴォーカル・アレンジメントのテクニックに耳を傾けると納得です。Enyaは、実は実験性が高く、声のWall of Sound(©Phil Spector)だと思うと音響派と言える。

そしてSally Seltmannの一部の曲の発声は、やはりプレイリストに含まれていますが、Julee Cruiseとの共通点を感じます。神秘的で、聴き手は掴めない雲を掴もうとしたくなる感じ、、、といいますか(伝わるのかなこれ)

Spotify Playlistでは言及されませんでしたが、George Martinのストリングス・アレンジメントからも影響を強く受けているように思います。

冒頭に戻ります。

8年ぶりにオーストラリアから届いた、Sally Seltmannの新作には10曲が入っていて、これまでの作品と比較するとフォーク〜カントリーの要素が後退。ヴォーカルのマイキングやリヴァーブの使い方を変え、ネオアコ的な音像処理を彷彿とさせる仕上がりで、過去作から脱皮した新しさを感じさせます。

作曲手法や、曲の根幹になるエレピのサウンドはこれまでの延長線上にありますし、最初のリードシングルとなった『Please Louise』という曲は、この5〜6年間にシングル・配信でリリースしてきた作品と地続きのアップリフティングな仕上がりの曲もひきつづき入っていますが。

アルバムは本人のBandcampから購入したレコードと、AppleMusicで視聴しているのですが、脳裏に焼き付くインパクトがあったのが冒頭に書いた『Night Bird』です。

本人演奏のエレピのうえに、シンセパッドや、鳥を彷彿とさせるシンセ音が飛び交うだけ。2010年頃のポジティブ全開の雰囲気もなく、歌詞もそうではありません。

リズムのはね方やムードは、僕に1960年代のブリティッシュ・ポップスを想起させます。薄く「シィィー」と鳴っているヒスノイズのような音があることで、現代と過去、いつの音楽を聴いているのかわからなくなる独特の感覚に没入する。

ありそうでなかった、新しいSally Seltmannの世界に、また潜り込んでいます。

ところで、ポップスの音楽家にはさまざまなアプローチの方がいますが、竹内まりやとSally Seltmannには共通項があり、それはふたりとも夫婦で音楽家だということ、そしてポジティブを探求していることです。

竹内まりやの音楽を、夫・山下達郎は「生きることを肯定した音楽」と評したことがありますが、Sally SeltmannはThe Avalanchesの元メンバーDarren Seltmannを夫とし、彼女の諸作の多くをプロデュース。音響処理による、少しミステリアスな雰囲気や効果をもたらしています。

自身の作風や実験との同期が顕著な山下達郎に対し、あのサンプリングの嵐で世界的名声を手にしたThe Avalanchesの文脈をDarren Seltmannが妻の音楽に持ち込むことはほとんどありません。

そしてSally Seltmannが自身の作品に、ひたむきに生きることを肯定し、人を自分を励まし、ポジティブな仕上がりにこだわってきた理由。それには、自身の精神面での不安定(双極性障害)を患っていることは無縁ではなさそうです。痛みや歯がゆさがあっても、楽しく生きていこうと自分に言い聞かせながら、リスナーに幸せを与える。そんなポップスなのだと。

最後に。Sally Seltmannという名前を知り、「そんなオーストラリア人の女性シンガーソングライターがいるんだ。コウタは、またマイナーな音楽家を見つけてるね」と思われそうなので、誰もが(きっと)知っているSally Seltmannの作品を紹介して終えます。

15年ぐらい前のAppleのCMになったFeistの曲。

でも、僕はVan She Techによるリミックスのほうが好き。よくDJで使っていました。

オーストラリアの至宝、Sally Seltmann。アルバムリリース記念のツアーを現地で展開しているそう。コロナがなければ、飛んでいっただろうな・・・。

サブスク対応していない作品も多いですが、Spotify / Apple Music / Bandcampなどいろいろ駆使して探してみてください。New BuffaloやSeeker Lover Keeperという名義の作品もいいです。

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