【note139枚目】女の旅/花房観音

 在宅勤務の合間に一気読みしてしまった。
 『ヘイケイ日記』を読んだときにも感じていたけれど、これは赤の他人のことなのか、自分のことなのか分別がつかなくなるような瞬間が花房観音さんの文章にはある。当然、ご自身の経験や想いによる書き物だから赤の他人のことなのに、読んでるこちらの自意識を大きく揺らされる。

 改めて読んでみたけど、『うかれ女島』と『売春島』は参考文献的には逆じゃねえかなあ。

 本書はご自身が旅で訪れた場所や、足を運んだ場所ごとに6,7ページずつパート分けがなされていて読みやすい。全国各地、主に色街と温泉街を中心に巡られているんだけど、私は初っ端の「なんば」の段で1回心がグシャっとなってしまった。
 花房さんが繰り出すコンプレックスの文字表現や、自虐(とあえて表現したい)の度合いはいつもすさまじくて、読んでるこっちが何もそんなに痛めつけなくても…と涙が出そうになる。いや、たまにほんまに泣いてる。
 この段においても、ひっかけ橋で声をかけられたときに一緒にいた友人とは格段の差をつけられたことに関し、慣れてるはずなのに傷ついていた、と書かれていて、そんなことに慣れる必要ない。ひどい話だ…と思いながら、読んでる私にもそんな経験があったことを思い出して途端にその情景を追体験した気持ちになってとても辛くなった。

 1冊読んで感じたことは色々あって、まずはストリップについて。

 現存するストリップ劇場を旅の目的地として、足を運んでおかなければいけないと改めて思った。
 2021年5月に閉館してしまった広島第一劇場に触れ、<平和とストリップは全く矛盾せず、つながっている>という一文にはハッとさせられた。先の戦争で大きな傷を負った広島という土地に、世の中が平穏で平和じゃないと成立しえない裸の娯楽が存在していたことには大きな意味があったんだな。それはどこの土地にあっても意味があることなんだろうけど、広島という場所においては特に強かったのではないだろうか。それと同時に、ついこないだまで元気に生きていた命がパッと消えてしまう無常さも感じた。私がストリップを初めて観にいったのは2021年7月だからすでに広島第一劇場は閉館していた。今後、自分もそのような流れをリアルタイムで目にして、場所が失われる悲しい思いをする日もやってくるのかな…と考えると、いつか行きたいなではダメだ。きっと後悔する。ダサいお気持ちツイートをする未来が見える。
 場所に対する思いと一緒に、裸の芸能に触れてるときの自分の気持ちって何だろう?と考えた。
 スト客生活を始めてそろそろ2年。いろんな踊り子さんの演目を目にしては驚いたり、喜んだり、時には涙が流れる。目の前にいる一糸纏わぬ姿で舞台を生きる人を尊敬して、感動している。ただ、どうしても好みはあるのであまり深く追求しないでほしい。
 裸で舞台を生きる踊り子さんを見て、自分が自分であることを肯定できる、とは私はなかなか思えない。
 どんな曲を使い、どんな振り付けをつけてもらい、どんな衣装にして、劇場ごとに照明演出も手を加えて、どこに演目の山を持ってくるのか。何を伝えたいのか、何がしたいのか。様々な意図がひとつの演目に詰め込まれていて、それを表現せずにはいられない、だから踊り子でいる。爆発的に儲かるような仕組みがストリップの世界にはどうもなさそうなので、そんな手間も苦労も途方もない16分の総合芸術をたった一人でやり続ける。そんな人たちには尊敬しかない。自分にできないことをしている人たちは、何であってもすごい。<女のハードボイルド>とはまさにそう。
 AVに関しては最高難度の肉体労働だと思っていて、何もかも選び抜かれた特別な女の子しか出来ない。究極の専門職。だから自分も同じくそうなりたいと憧れたことはない。いろんな女優さんの体つきやキャラクターに対してはこうなりてえなあと感じたことはある。憧れ…ではないと思う。とてもじゃないけど自分には不可能。

 花房さんの各著作にずっと渦巻いてるのはうんざりするほどの脳と下半身の直通具合と思っているけれども、それよりももっと「〇〇せずにはいられない」という粘度の高い欲望や渇望、切実さではないかなと、本作を読んで感じた。

 女という性をどこか蔑ろにして性的興味をひた隠しにしながら実は人一倍興味があって、ずっとずっとその興味への関心は尽きることなく、手段を問わず性的な渇望を満たしてくれる男を求めずにいられない。そんな自分に嫌気がさしながら、下半身のことを書き続けている、書かずにはいられない。とてつもないエネルギーだし、執着だなと思う。自分にこんな首まで浸かりこんで抜け出ることが一生叶わないような粘度の高い欲望や渇望はあるだろうか。そんなことが欲望や渇望と出会える人はこの世に何人いてるんだろうか。
 花房さんが自身のことを表現するときに、あまりに自虐的でそこまでしなくてもいいと感じるのは冒頭にも書いた。アダルトビデオ好き、性的なことへの関心が止まらない、そのくせ興味ないふりをしてる、人から選ばれない、醜いと卑下し続ける、卑屈…どれも他人事とはとてもじゃないけど思えない。自分ことなんか…?とやっぱり感じて仕方がない。赤の他人のことなのに。
 普段、人の気持ちを考えましょうとか言われてもよくわからない。他人ごと自分事に置き換えて考えるなんてできたもんじゃない。想像力も共感力も常に欠如している人間が、こんなに自分事のように感じて辛くなってるのは、やっぱり何重の意味でも「イタいところ」だからなのかな。
 それでもやっぱり赤の他人のことだと感じるのは、「そうせずにはいられなかった」という渇望が私には欠けている。
 AVもエロ本も、時には閲覧制限がかけられた二次創作じみた作品も進んで触れる。むっつりすけべとはよく言い表された単語だなと感じるので自分を形容するために用いる。性風俗とはどんなものなのだろうか、とヘルスやソープランドのHPで在籍嬢さんたちの日記を拝読したりもする。でもどれに対しても、自分もそうしたい、この関心と興味を身をもって叶えたい、どうしても。それを実行に移すような推進力になるほどの渇望が欠けている。それは特別な人達ができることで、私なんかはきっとその基準にも満たない。
 興味関心はあるのに、自分事としたいという欲望はなぜかいまいち湧き立たない。そして、それが湧き立った時に取る行動はおそらくお金で解決していくことなんだと思う。実は外れていたら、穴が開いていたら、相手は不発で、自分は痛くて。破瓜の後は、しばらくもしこれが原因で何か起こったらどうしよう…なんてなんとも陰鬱な状態だったからか、その後にイメージを塗り替えて続けることが出来ずに、もう15年経つ。一番多く迎え入れてるのは婦人科の検査器具。
 それでも心のどこかではまた経験したい、なんて浅ましくも感じる日もある。

 これは読者の邪推でしかないけど、花房さんがかつてはAVの作品レビューを書いていたことや、今現在小説家として作品を作り続けていることは、書かずにはいられないのも当然のこと、書き表し続けることが渇望や欲望を満たす手段でもあり、ご自身の許しや救いにもなっているのではないかなって思う。渇望や欲望に振り回されていた過去の自分を、書き表すことでちょっとずつ許して、救う。表される文字や言葉、世界観は強烈だけど文章を通してその道を求めている途中なのかもしれない。それもある意味では女の旅なのかもしれない。

 今回の旅路にはいろんな人物、作品が出てきた。何度でも読み返したいし、余裕があるときにはそれらにも触れる時間を取りたい。

 同じ出版社のこの作品も読んでいた。今読み直すと蛇足だらけでもはや毛虫みたいな感想文で笑う。

 以下、読みながらつぶやいていたこと。

あとだしじゃんけん。
 性欲という意味では当てはまらないし、そのために借金をこさえて首が回らなくなるほどではなかったにしろ、接触機会を持てるアイドルの特典会にお金突っ込み続けていたのは十分類する行動だったんじゃないかなとふと思った。異性からの認識を透明化されている自分にお金で色を付けて相手してもらっていたとも解釈できる。気を惹く手段として持ちネタを絞って特化して簡易的な承認欲求も満たしてたとも考えられるし。リアルタイムでその意識は薄くても、後から思い出して浅ましくて汚くて恥ずかしい行動と言動ばっかりしてたんやなあと。
 ちょっとだけ角度を変えて自分の行いを分析してみると、十分に類推できる。

2023.06.15 追記

 刊行記念のトークイベントに行ってきました。

写真下手くそ選手権。

 書中、生駒の段に登場していた駒井まちさんがゲスト。グラビアという仕事から感じる昨今の動きや、ご自身の幸せに通じるお話。乗り越えてきた物も多いんだろうなぁと感じる、強めの芯を感じる考え方が素敵で、とても華奢で綺麗な方でした。
 花房観音さんにお会いできて、お話を聞けた事が何より嬉しかった。結婚、出産、育児は女の幸せとイコールなんだろうか。45歳で独身だったら詰むとか、30半ばで相場を見失って婚活モンスターと化すとか、「真実を伝えます」系アカウントに揺さぶられてた一時期の自分が恥ずかしくなった。書中の全国各地にあるストリップ劇場の話からストリップの話題もあったし、お二人とも一度大病をされたというお話も。何より健康でいてほしい。
 「ルッキズム」の話題ではまた心がグシャっとなった。人が人に投げかけていい言葉じゃないのよほんまに。「現役〇〇!」や「美人/イケメン〇〇!」と、個の実力にさらに付加価値がついてブランディングされる。商業的によいパッケージたりうるものであることは理解出来るんだけど、なかなか腑には落ちんなと感じる。

 終演後にサインをいただきました。

 『女の旅』にもサインをいただいたんだけど、1年越しで『ルポ池袋アンダーワールド』共著のお二人のサインをいただけて嬉しかった。

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