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10.30 宇宙戦争の日・初恋の日

この星では、昼間の空はいつでも鴇色に光っている。
歴史の教科書に載っていた自らも青く、空も一面青いという過去に存在した遠い惑星の夢を見ると、スザリの頭はいつも鈍く痛んだ。
「痛い…」
目を覚ますと、目の前には母星語で書かれた教科書の文字が飛び込んできた。
腕に違和感を覚えて脇を見ると、幼なじみのルースルがペンで二の腕を突いていた。
「早く起きなって、次スザリ当たるよ」
青い惑星の夢を見ると、大抵すぐにはこの星に意識を返せない。
前の席の生徒の答えを聞きながら怒られるのを覚悟で、スザリは「分かりません」と答える心の準備だけをした。

「もー、起こしてあげたのに何よ。分かりませんって。スザリなら見ただけであのくらいの問題解けるでしょ?」
わざと足音を鳴らしながら小走りでついてくるルースルの言葉は、スザリの耳には入っていないようで、スザリは寝起きの顔のまま目的地である無重力戦闘訓練場へと足を滑らせた。
この星の重力は弱いので、地面に埋め込まれた金属と靴の裏につけられた磁石で滑るように進む。怒りの原動力があったとはいえ、ルースルのように足音を鳴らしながら歩くには相当の脚力が必要だ。
スザリは戦闘指揮官に、ルースルは女性では数少ない実地戦闘員になるべく、放課後は毎日訓練場へと通っている。
そこは政府から選ばれた特待生だけが通える訓練場で、特待生を有する家には莫大な金が入る。
スザリもルースルも決して家が裕福だった訳ではないので、招集状が届いた時に家族は手放しで喜んだ。
何段階もの守秘義務を科せられているこの星では、スザリやルースルのレベルではまだ戦闘の相手すら教えてもらえない。
訓練は、黒いモヤのような陰と呼ばれる擬似敵を相手にさせられていた。
スザリは何と闘うのかも分からないのに毎日訓練に明け暮れることにも慣れ、もしかするとこれは自衛のための機関であって本当は宇宙に出て戦うなんていうのはただの噂なのかもしれないと思うほど、この日々が平凡と感じるようになっていた。
「ちょっと、聞いてるのスザリ」
ルースルはスザリの腕を掴もうとしたが、解けかけた靴紐を結ぶのにスザリがしゃがんだので空振りに終わった。
頬を膨らませるルースルのことも見ず、スザリは無重力戦闘訓練場の門まで歩き、長すぎる暗証番号を指が覚えているままにプッシュした。
「ん…?」
門が開くと同時に、それとは別の音が響く。酷い地鳴りだ。
「何、これ?」
「…ルースル、伏せて」
スザリは嫌な予感がして、ルースルを引きずるように門の裏に投げた。
姿勢を低くして、しかしすぐに走りだせる体勢をとる。訓練で散々教わったものだ。
「何か来る」
地面がぼこぼこと隆起し、まるで巨大な土竜が近づいて来るように一瞬でスザリの目の前に現れた。
背後の施設から緊急警報のブザーがやかましいほどに鳴っている。
そして、スザリの頭の中の警報も。
「きょうは痛んでばっかりだな」
パン、と破裂音がして目の前が砂まみれになる。
スザリは片腕で頭を抑え、砂埃の向こうを見やった。
砂の靄の奥に映る一人の影が揺れる。
「陰、」
訓練施設から、戦闘部隊の近づいてくる音がする。スザリとルースルにその場から離れるように叫んでいるのが分かったが、身体が全く動かない。
「浮いてる」
砂粒のカーテンが風に吹き飛ぶと、スザリは白いドレスを着たペールピンクの長い髪の少女と目が合った。
ひらりと揺れるマーメイド型のスカートの裾は、幼い顔をした少女には不釣り合いなようにも思える。
時が止まったように静かになった空間で、少女はにこりとスザリに微笑んだ。
「敵だーーーーー!!!」
スザリと並ぶ位置まで来た戦闘部隊が、一斉に電撃銃を撃った。
爆風と煙幕に彼女の姿は失われる。
しかし、スザリは確かにその少女の手のひらと唇の感触を頬に受けたのが分かった。
そして、その瞬間スザリの頭の中に青い惑星がフラッシュバックした。
酷く頭が痛んで、そこで記憶は途切れた。ただ、少女はその場で消失し行方は知らないと後で聞いた。
遭遇者として受けた取り調べで、スザリは少女のキスのことは最後まで言わなかった。
青い惑星と、ペールピンクの髪の少女と、敵だと叫ぶ戦闘部員の声が何度も交差して、スザリに宇宙戦争が近いことを知らせる。
最後に少女の微笑みを思い出すたびに、スザリは苦しくなる胸のあたりを押さえた。

10.30 宇宙戦争の日、初恋の日
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