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2.17 天使の囁きの日

爪の上に鱗色のネイルをしている。
私の爪の形が綺麗だから塗ってみたいと、幼馴染のかわいい男の子が頼んできた。
私はいつも深爪で、自分で手をかけるのが面倒だから基本何もしていない。
そんな私の爪を綺麗だと言う幼馴染の真意は分からない。
手を触れ合うのなんて何年ぶりだっただろうか。私は年甲斐もなく、ちょっと照れてしまったけれど、彼は私の爪に色を載せるのに夢中で私の顔など全く見ていなかった。
伏せた目を囲む睫毛が白い頬に影を落としている。
「まつげ、長いね」
かわいい、かわいい、羨ましい。私は彼に対する嫉妬を抑えて、わざとぶっきらぼうに言った。
「え?あー、まあね。遺伝かな?姉ちゃんも長いし」
この美形姉弟め。彼は私の指先に、美しいお姉さんのネイルポリッシュを丁寧に塗っていった。
「これ、何色?」
私は沈黙が怖くて、別に何色だって構わないのに。気づいたら彼に質問をしていた。
「うーん、何だろうね。魚の鱗みたいだけど」
玉虫色みたいに、角度によって色が変わる。キラキラ光って、海の底みたい。
「一箇所だけ、色変えようと思うんだけど。どこの指がいい?」
どの、指が、いいか。私は一瞬、変な間をもって、ぎゅっと黙り込んでしまった。

冬の風呂場は視界が悪い。
外が寒いと湯気が充満するからだ。
でも、鏡が真っ白に曇っているのはちょうどよかった。私は今、私がどんな顔をしているのか出来れば知りたくない。
現実に引き戻されるのは明日の朝で十分だ。
「きれい」
左手の薬指に光る銀色の粒子。指を動かして光の波を作っては、ミクロの世界で溜息を吐いた。
左手の薬指を選んだ私に、彼は何も言わなかった。ただ、終わった後いつもより少しだけ饒舌だったような気がする。
「ばれたかなあー、ばれてたらいいのになあ」
湯船につけた指を、またあげては眺める。
私の指先で、キラキラ輝く粒子たちのおしゃべりは止まない。私はのぼせるまで、答えの分かるはずのない問いを探るように、そっとその囁きに目を凝らしていたのだった。

2.17 天使の囁きの日
#小説 #天使の囁きの日 #ネイル #幼馴染 #JAM365 #日めくりノベル

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