12.1 手帳の日
新しい手帳を買った。
私はこの時をいつも楽しみにしている。
手帳売り場に行くまでに、来年はどんな年にしたいのかテーマを決めて選定に挑む。
今年のキーワードは『Change』だった。
何かが変わったかと言えば、会社の上司が軒並み変わったくらいだろうか。
あとは、化粧品を変えた。今月末には髪も染める予定だ。
本当に変わって欲しかった生活の変化、二人暮らしになるとかそういうことについては全く変わりがないまま年を越えそうだ。
三十二歳、独身、女。
黙っていても時は流れ、今年一年はあと三十日で終わる。
エスカレーターを登っている間に汗をかいてきたのでマフラーを外してカバンに入れた。
外は雪が降りそうなくらい寒いのに、室内に入ると汗をかくほど暖房がきいていて服装に困る。
ようやく七階に着く頃に、私に来年のキーワードが降りてきた。
『Melt』
その意味を考えながら、手帳売り場を探す。
棚や平台に並べられた色とりどりの手帳たちの、表紙にある2019という文字に心が躍る。
多分、来年の素敵な出来事や素敵なワタシに期待をしているのだ。
一年の棚卸をして新しい年を迎える気持ち。
新しい手帳を買ってからの一カ月、私は今年という年からの解放を指折り数える。
ようやく終わる、という気持ち。終わりは希望である。
さて、『Melt』に相応しい手帳は何色だろうか。
私のイメージでは、淡めのパステルカラー。手触りはさらさらと柔らかく、金の箔押しがしてあるもの。お菓子のパッケージのような、楽しい気持ちになれるものが浮かんだ。
一日一ページか、週間か、月間のみか。バーチカルタイプなんかもいいかもしれない。
きっと、そこにデートやバーベキューなどの素敵な予定を書き込む。
仕事終わり、何時にパスタの美味しいお店で待ち合わせ。なんて書きたいものだ。
私は端から端まで一通りの品揃えを確認した後、また最初の端からページをめくって中身を確認する。
土日が休みの仕事なので、月曜始まりは外せない。
キャラクターものも可愛いし、写真のものもオシャレでよい。けれど、結局はなんだか気恥ずかしくてシンプルなものを選びがちだ。
『Melt』とは、何だろう。
溶ける。固形が液体に。するとどうなる?
私は思考の迷宮をさまよいながら、どこか別の冷静な頭で手帳を繰っていく。
最終的に直感がこれだと告げた手帳は、布張りのパステルピンクに赤いメタリックの箔押しで2019と書かれた縦長のものだった。
「イチゴミルクみたい」
ふふ、と一人で笑うとようやく『Melt』の意味が腑に落ちた。
いちごとミルクのように、溶け合うことを望んでいるのだ。
今までは仕事とプライベート、好きと嫌い、いいと悪い、あなたと私、そんなものたちをきっぱりと区別することで整然と気持ちよく生きてきた節がある。
でも、もういいのだろう。
どれもこれも私の一部であり、世界の一部であり、大きく言えば宇宙の一部である。
分けなくてもよい。どれもこれも受け入れて溶け合っていこうというメッセージなのだ。
私は一つの謎が解けたところでレジに向かい、来年の手帳を購入した。
帰り道は風が強くなってとても寒かったけれど、カバンの中の手帳がキラキラ光っているように感じて私は自然と笑顔になった。
来年は、たくさんの楽しい予定を書き込むつもりだ。
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