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8.27 ジェラートの日

レモン味のジェラートを舐める女の子の舌を眺めている晴れた朝。
二人で熱帯夜を越えた幸せな朝だ。
ジェラート屋さんのベンチに座って、ビーチパラソルの陰の中にいる僕ら。
海なんてひとつも見えないけど、広い公園が見える場所にいる素敵な僕ら。
「ねぇ、何見てるの?」
女の子が尋ねる。
笑いの混じったその素敵な声に僕ははっとした。昨夜だって散々聞いたけど、何度でも初めてみたいにびっくりしてしまう素敵な声だ。
すっきりしたアーモンド型の瞳に見つめられて、僕はドキドキしてしまう。
「その、ジェラート。下の方が溶けて溜まってるから危ないなって」
僕は渇いた唇でとっさに嘘をついた。
だけど、レモン味のジェラートはタイミング良く彼女のほっそりした人差し指に流れてくれたので、本当の話みたいになった。
「やだ、もう。見てないで先に言ってくれたらよかったのに」
彼女は拗ねたようにジェラートを僕に押しつけると、何が入っているのか想像もつかないほど小さな手提げ鞄からハンカチを探し始めた。
「ねぇ、アイス溶けちゃうよ」
彼女は、んーとかううんとか言いながらいつまでもハンカチを探している。
僕の手の体温と暑くなってきた日射しに確実に溶けていくレモン色が、今度は僕の指に届きそうだ。
「あった、ありがとう」
レースのハンカチが手品みたいにするりと出てきて、女の子は器用に片手で指を拭きながらもう一方の手でジェラートを受け取った。
その拍子に、ジェラートがひとしずく、僕の手に落ちた。
「やっぱり暑いと溶けるの早いね」
女の子がコーンの間際、下の方をゆっくりと一周舐めていく。僕を見ながら舐めているのは、きっとわざとだと思う。
僕は目を合わせられずに、女の子の舌の窪みに溜まるレモン色を眺めながら、僕の手に落ちたジェラートの雫を舐めた。
途中でうっかり目が合ってしまったら、女の子がいたずらな目で笑ったので、僕はもうたまらない気持ちになって慌ててうつむいてしまう。
晴れた朝に、パラソルの下で、女の子がレモン味のジェラートを食べている。
その女の子は、僕の好きな女の子だ。
それはつまり、夏休みの終わりの最高の朝だ。

827・ジェラートの日
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