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4.3 シーサーの日・いんげん豆の日

宮古島のどこかのみやげ物屋でシーサーの置物を買った。
そこに並べられているシーサーは軽く五十対は越えていて、色や形、大きさだけでなく作家も違うようで個性豊かだ。
私は人へのおみやげもそこそこに自分へのシーサーの吟味を始め、一体が手の平に乗るくらいの水色と黄色にサーモンピンクの花柄がついた何だかごきげんなシーサーを購入した。
みやげ物屋のお姉さんは、ちょっと悪い顔でにやにやしながら「この子たちはちょっと食いしん坊だから、食べ物には気をつけてね」と丁寧に包んだシーサーを黄色いビニールの袋に入れて手渡した。
宮古島の伝説かなにかかなと思い、一応私も「気をつけます」と言って頭を下げたが、店を出て帰りの飛行機に乗る頃には、旅の帰り道の寂しさに浸ってそんなことはすっかり忘れていた。

旅のあとで一人暮らしの家に帰ると、安心すると同時にどこか無音の静けさが心にしみる。
荷解きもほどほどに冷蔵庫から出した缶ビールを開けて一息つきながら、シーサーのことを思い出した。
私は手荷物の中に入れていた彼らをキッチンカウンターの上に出してやった。
ごきげんなシーサーは新しい住処でもごきげんな顔で微笑んでいて、楽しかった旅の空気をひとさじだけ私の部屋に持ち込んでくれた。満足な買い物である。
ビールを飲んで眠くなった私は、そのままソファでうたた寝を始めることにした。
やはりいくらリラックスしに出た旅であっても、移動距離が長いと知らず疲れるものだ。
そして、心地よく疲れた時のうたた寝ほど気持ちいいことはない。

目が覚めると、時計は深夜の一時になろうというところだった。
予備日として今日を一日休みにしておいてよかった。
シャワーを浴びてからもう一度本格的に寝よう。出来ることなら昼過ぎまで。
そう思って立ち上がると、私は奇妙なことに気が付いた。
「いやいや、お前さんたち?」
シーサーの位置が入れ替わっている。しかも、だるまさんが転んだでもしていたかのように、それぞれが中途半端な位置で。
「怖い。怖すぎる。ごきげんな顔して、こいつらまさか呪いの人形なのでは…」
恐ろしくなった私は、店のビニール袋に包んですぐさま捨てることを考えたが、しかし触るのも怖い。呪われたら怖い。
躊躇して袋をがさがさやっていると、中にまだ何か入っているのに気が付いた。
「何だこれ怖い!」
袋の中から一掴みくらいのエンドウ豆が出てきた。
こんなものを買った覚えはもちろんない。誰が宮古島まで行って特別何でもないインゲン豆を買ってくるというのだ。
青い海と白い砂浜、島々をつなぐ長い橋のきれいな思い出が、ごきげんなシーサーと謎の豆によって恐怖に塗り替えられようとしている。
「はっ」
シーサーを振り返ると、やつらの口元に何だか緑の欠片がついていた。
こいつらまさか、道中このエンドウ豆を食べていた訳ではあるまいな。
「これ、献上するんで大人しくしてくれませんか…」
そう言ってシーサーたちには触らぬように細心の注意を払いながら、私はエンドウ豆で結界を張るように彼らを取り囲んで並べてみた。
そして、怖いのでシャワーは明日にして布団に潜り込む。
もしかしたらこれも夢かもしれないので、トイレに行ったりシャワーを浴びるのは危険だと判断した。

翌朝というか予定通りの昼過ぎにベッドで目を覚ました私は、明るい光を受けて前日の恐怖はだいぶ薄れていた。
恐怖というやつは闇を食べて成長するようで、よく寝たあとの昼の光の中では何事も枯れススキに見えるものだ。
キッチンカウンターを覗きに行くと、シーサーはきちんとおさまるべき場所におさまり、ごきげんにその豚鼻を天井向けて高くかかげていた。
しかし、その周りにあったはずのインゲン豆は跡形もなく無くなっている。床に落ちている袋もぺしゃんこだ。
私は最初から夢を見ていたのかもしれない。
ひとしきり安堵したあと、ごきげんで水を飲んでシャワーを浴びに行った私は、ついぞみやげ物屋のお姉さんの「食いしん坊だから気をつけて」の言葉を思い出すことはなかった。
彼らは今日も我が家のキッチンカウンター上にごきげんな様子で鎮座ましましている。

4.3 シーサーの日、いんげん豆の日
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