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2.14 バレンタインデー

意気地のない奴は後悔する。昨晩までのイメトレは何だったんだ。
私は、こたつに首まで沈んで低い声であああああああああああーと唸った。
そして、今はもう真っ暗であろう会社のロッカーに置き去りにされた私の可哀想なチョコレートを思った。涙が出そうになり、すんと鼻を鳴らしてどうにか収める。
「なんで、なんで勇気を出さなかったんだ自分よ・・・あんなに楽しみにして、東京のデパートで高級チョコレートを買ってきたというのに!」
そう。地方住みの私はバレンタインデーの一週間前に、わざわざ東京のデパートの催事場に赴いて高級チョコレートを片っ端から試食してまわり、人で混みあう会場を押し合いへしあいしながら何周もして、ようやく一箱のチョコレートを買った。
すべては片思いをしている同じ社内のあの人のためだった。地元のデパートに売っているお店では、会社の女の子と被ってしまうかもしれない。それは恥ずかしいので避けたい。もんもんと考えた結果、私が出した答えは地元には売っていないチョコレートを買うことだった。
通販での購入も頭をよぎったが、それでは味が分からない。もしかしたら写真や評価がいいだけでいまいちなチョコレートを渡してしまうかもしれない。
自分の舌で確かめたベストオブチョコレートを彼にはプレゼントしたいと思ったのだ。
昨晩には感謝の気持ちを込めたメッセージカードも用意し、布団でのイメトレを繰り返して浅い眠りにつき、今朝はきちんとメイクをして準備万端だったはずだ。
なのになぜ、私のお洒落チョコレートは真っ暗な私のロッカーに取り残されているのか。
なぜ、私は今こたつに包まれて涙目になっているのか。
「勇気が出なかったんだよおぉぉぉ」
社内の彼の動向を探り、一番良い時間を探っていた。
誰かが周りに居るときはダメだ。ひやかされたくない。お昼はゆっくりしたいだろう。やはり午後かな。あれ、席を外して帰ってこないぞ。帰ってきたと思ったら何だか忙しそうで近寄りずらいから、夕方にしよう。・・・ダメだ。何だかダメそうな気がする。え、もしかしてこれ渡せないパターン?
そんな問答を繰り返している時だった。打ち合わせ中の彼の元に、一人の女の子が小走りで近寄り、あろうことか手作りのお菓子を渡しているのを目撃してしまったのだ。
私の心はそこで折れた。可愛くて若い女の子。恥ずかしげもなく手作りを配れる気遣い。そして、打ち合わせ中にも関わらず乗り込んでいける図太さ。もう、私には無い物ばかりを見せつけられて、私の目は真っ黒になってしまった。
終業時刻と共に、私はふらふらと帰路についた。外は寒く、雪が舞っていた。唇を噛んだが、ちょっと涙が出た。楽しみにしていたのに。喜んでほしかったのに。私は何か大きなものに負けたような気がして、肩を落とし足をひきずりながら家に帰った。
食事を作るのも面倒で、備蓄していたカップ焼きそばを腹に収めるとそのままこたつに潜り込んで今に至る。
どうしようもなく悲しくて、私は手元のスマートフォンで「バレンタイン 渡せなかった」と検索した。割と仲間は多いようで少し救われた気持ちになる。世の中には渡せなかったバレンタインチョコレートが溢れている。悲しい悲しいバレンタイン。
「ん?」
しかし、救いの手はそこにあった。
「遅れバレンタイン・・・?」
記事を開いてみると、なんと遅れてバレンタインチョコを渡すことが本命相手に効果があると書いてあった。もらえるのかな?と思っていた相手にもらえなかった場合、その日はその子のことを気にして眠るため次の日に渡すことは印象づけに良いのだそうだ。
「こ、これだ!」
私は私の可哀想なお洒落チョコレートをあの人に渡すべく、最も適当な理由を手に入れた。
もはやバレンタインでも何でもなくただのチョコレートのプレゼントなのでは?そもそも相手が自分のことを気にしていなければ意味が無いのでは?そんなことは一切横に置いておくことにした。
勇気のない私に今必要なのは無責任でも背中を押してくれるそれっぽい理由だったからだ。
「よし。明日こそは、明日こそは渡す!絶対だ!」
自分を奮い立たせて、とりあえず風呂に入ることにした。大事なチョコレートは少しでもマシな自分で渡したい。
ロッカーで待つチョコレートを思いながら、私はシャンプーを勢いよく泡立てた。

2.14 バレンタインデー

#小説 #バレンタインデー #遅れバレンタイン #チョコ #JAM365 #日めくりノベル

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