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笑いにくい笑い話29 アイドル


 私は子どもの頃からアイドルには興味が無く、今も無い。
 でも一時、ある「アイドル」に夢中になってしまったことがある。
 国立大学附属病院の小児科。未就学の頃、A子の診察を受けに行った。心臓に関しては循環器病院で見て貰っていたし、発達については療育園という施設に通所していた。しかし、その他については、なかなか見て貰える病院が無かった。
 循環器病院で紹介状を書いて貰い、大学病院の小児科に行った。丁度工事中で、通路が暗く狭かったのを覚えている。
 太ってはいないが上背の大きい目の大きなY先生が現れた。
「A子ちゃん、ファローちゃん(心臓病 ファロー四徴症)なのねぇ。かわいいねぇ、いいこちゃんだねぇ」
見た目からは想像の出来ない優しい言葉を掛けながらで、聴診器を当てて診察してくれていた。
「全部まとめて見て上げたいけど、大学病院って組織がダメだから、ぜんぜんダメなのよぉ」
大学病院の批判を、優しい声でかなり辛辣に言い出して、横の看護師も少し苦笑していた。
「ママも大変だけど、頑張ってね」
と言いながら、小指を立てて人さし指で私の肩をツンとつつき、笑顔を見せてくれた。
 先生のジェンダーはどうなっているかは分からない。やさしすぎるその言葉と仕草は、もう性別を超えていた。
 だいたいの病院で、重病、重い障害を持ったA子を診察受けても、母親を気遣う様なことを言われたことは無かった。いや、夫にさえ言われたことは無い。
 心を掴まれ、私の瞳はハートになっていたに違いない。
 当時、インターネットの掲示板を運営していたが、そこにこの出来事を書いたら、同様に心を掴まれたママがいた。
「Y先生のニックネームは、“坂本ちゃん”よ」
すでにこの業界ではアイドルだったのだ。
 大学病院をクソミソに言っていたY先生は、その後すぐA子がお世話になっていた循環器病院に転勤され、今はその病院で要職にあるようだ。
 引っ越してしまったので、先生にお会いできることはもうないと思うけど、多くの子どもたちだけでは無く、そのママたちに元気とほっこりを与えてくれているんだろうなと、思っている。

※坂本ちゃん 2000年頃テレビの「電波少年」と言う番組に出ていたタレント。性別が不詳な多分男性タレント

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