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日記#5|いつか五感を失うまで
私は食事が好きだ。
単に美味しいものを食べる幸せだとか、お腹が満たされた満足感だとか、そういうものは大前提だとして。私は、ご飯を食べている時の、全ての思考を食事に捧げる時間が好きなんだと思う。
栄養補給とか、やけ食いとか、そういうのとは違う…なんと例えたらいいのか。
「隠し味を当てろ」みたいなゲームを想像していただければ分かりやすいかもしれない。鼻に抜けるほんの少しの香りの違いだったり、微かに触れた舌触りの引っ掛かりだったり、そういうものを見つけながらご飯を食べることが楽しいのだ。
その隠し味は何のために入れたのか、だとか、どういう役割を果たしている、だとか、そんな知識を得るのもまた面白い。
自分で料理をする身でもあるので、少し焦がしちゃったな〜とか、これくらい甘くした方が美味しいのか〜、みたいな、研究に近い部分もあるのかも知れない。それも含めて、食事という行為の楽しさにのめり込んでいる。
見た目、香り、歯ごたえや食感、味。
生活の中でここまで五感を使う唯一の行為に、義務感や罪悪感なんか感じていられるか。
まぁ、もちろん毎食毎食そんなことを考えながら生きているわけではないけれど。例えば初めて食べるものだったり、大切な人との食事の場だったり、「経験」が関わる食事の場ではよく考えている。五感を全て使うということは、必然的に記憶に残りやすいということだと思うから。
味と思い出が結びついて、私の中にに蓄積されていくのがたまらなく愛おしいのである。
さて、今日は朝から何も食べられていないので、この後に食べるご飯はうんと美味しいだろう。空腹は1番の調味料という説は信じて良い。
私の味覚が、視覚が、嗅覚が、そう訴えている。
行ったことのないご飯屋さんを開拓するのも良し、あそこのチェーン店の季節メニューを堪能するも良し。そういえば冷蔵庫のあれ、食べ切らなきゃいけないから料理でもしようか。
毎日続く、食事という行為がつまらなくならないように。