見出し画像

4年ぶりに東京に来た。そして京都

パンデミックから、遠出をできる限り控えていましたが、やがてそれも精神的に限界だと感じるようになりました。

むかし東京で一人暮らしをしていたことがあります。荒川区の町屋という下町です。三年間そこに住み、シティライフを満喫しました。

いや、当時は実際、あまり面白くなかった。東京は住むのに向いていない土地だと感じていました。

一言でなぜかというのは難しいのですが、やはりゴミゴミしているせいというか、人・ビル・広告が常に自分に迫ってくるような感覚がありました。

貧乏学生だったので、そう思ったのかもしれません。東京をタクシーで乗り回し、季節のファッションをたくさん買いそろえる方なら、きっと楽しいかもしれません。

東京の良いところは、文化の中心地であるということです。

いまではオンラインショッピングが普通なので、それほど無理をして東京に買い物に出ていく必要性は感じなくなりました。

しかし「文化」だけは……。

文化だけは、オンラインショッピングで取り寄せるわけにはいきません。

田舎にないものは、まさしく「文化」です。

わたしは、どうしても展覧会に行きたかった。もちろん東京の美麗な建築を見るのも目的でしたが(一応お買い物も)。

年に数回、企画展を行うような美術館がある街は、ほんとうに幸せだろうと思います。

もちろん「演劇」とか「演奏会」というのも当てはまります。

そういうものは、とかく東京に集まりがちです。

しかし、同時に東京を出ていった時のことを思い出しました。

あの時感じた閉塞感を、今回も思い出しました。
満員電車に乗っている時、なにか嫌な汗をかきました。

休めない、と思いました。
ひたすら緊迫しているような、気が晴れないような、ぎゅっと押し込められているような感じがありました。

逃げるように出ていき、カフェの一席で一息ついた時も、その感覚は晴れませんでした。

わからない。いろいろな原因があるのだと思います。

結果的に旅行は楽しかったのですが。

ふと思い浮かんだことではあるのですが、東京には「根」というものがないのだと思います。

ひょっとしたら、東京に長いこと住んでいる、中流以上の階級の方は、そうは感じないかもしれません。

しかしわたしのような平凡な人間からしてみれば、どんなに居心地がいいカフェにいても、レストランにいても、やがてはここから拭き払われるのだ、という気持ちが消えませんでした。

ここが自分の街だという気がしなかったのです。

ひどく流動的で、性格のない街と言えばいいのでしょうか。

人も流動的だし、店も、ビルも、広告も移り変わっていきます。
そこに「根」ざし、色や形、空気を作っていく可能性がない、と感じたのです。

もちろんショッピングをする上では、これ以上ない土地であると思います。

ファッションは一流のものが揃っているし、家具もそう、古本も品ぞろえがすごい、電化製品は世界一なんじゃないかと思います。

でも「買い物」とは、人間の生活の非常に限定された一部分でしかなく、それは「生活」とはやや縁遠いものであると思います。

もちろん、あくまでわたしの立場から考えた東京像です。

「根ざす」とは、そこを拠点に物事を考えていく、ということでもあります。
東京に「根ざせる」人は幸福であると思います。
あんなに素晴らしい場所を拠点とみなせるのは、それひとつで人生の財産だと思います。

しかし、わたしは数年住んでみても、ただの仮住まいという気しかしませんでした。
そうして今回の旅行で、そのイメージが再び思い出されてしまったのです。

ですがそれは、単に都会と田舎という枠組みで分けることはできないと考えます。

なぜなら、わたしは京都という街にまったく違う感想を抱いたからです。

実は、わたしは京都にも数年住んだことがあります。
ここが東京と同列であると言うわけじゃありませんが、とにかく都会らしいものは色々揃っています。
文化も東京と並ぶ一流です。

しかし、ここには「根」があった。
わたしは一人旅で京都駅に降り立ったとたん、すぐ「ここには暮らせる」と思いました。

その違いはどこにあるのかというと……正確には、わからないんです。

でもここの「文化」と東京の「文化」は、性質が違うと思うんです。

京都の建物は、大昔のものを元にしていることが多いです。実際、建て直しをしているところは、ほとんど見たことがない。
たいていリフォームです。だから外観がずっと同じままだったりします。(それでも、ちょっとずつ変わっていってはいますが)

東京は、それとは違って「文化の集積所」という気がします。
東京自体に文化があるというわけではなくて(実際、江戸の文化というのは、それほど残っていない)、文化が世界中から集まっている。だからこそ魅力があるというのもありますが。

だから京都は「不動」で、東京は「流動」だと言えると思います。
なので、わたしは京都にいるとき、どこにいても「ここから拭き払われることはない。ここが自分のホームだ」と感じることができました。

渋谷と四条河原町。この違いは何なのだろう……

あの安心感と、今回の旅行で感じた、旅人としての不安感の違いは、どこから来るのだろう……と、ふと考えこんでしまいました。

なにか京都を上げて、東京をディスったようになってしまいましたが、わたしがかなりの金持ちであれば、東京のマンションで暮らしてみたいと思います(京都は別荘を買う!)。

そういう、貧乏人のひがみなのかもしれないですねえ……。

ちなみに京都でも一人暮らしでした。家族の温かみが恋しくなったので、田舎に帰りました。それから五年くらい経ちます。

京都はほんとうに良いところなので(ただ暑さと寒さが地獄ですが……)、移住できる条件が揃うなら、ぜひとも皆さんにお勧めしておきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?