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青海三丁目 地先の肖像「土壌を煮詰める」

2021.05.21 | 森藤

梅雨宣言は出ていないもの、憂鬱な空模様が増えた5月の下旬、私たちは再度青海の地先へ降り立っていた。

風は強く、視界の中を髪が跳ね回る。
今回は私の中では目的地があり、数週間待ちに待った上陸だった。
前回の4月の訪問の際、長く広い一本道の脇にふと見つけた桑の木に会いにきたのである。
ちょうど、実が色づく頃だ、と。

その場所に近づくにつれ、ポツポツと降り出した雨は、普段は聞こえるダンプカーの走る音や金属音を飲み込んで、埋立地全体を緩く覆い隠しているようだった。

桑の木、は何本かに群れていて、建てられたフェンスと駄々広い道路のアスファルトとの幅1m程度のほんの隙間土壌に自生していて、少し遠くからでも周りの生い茂る雑草よりは樹木としての姿を形成している一帯だ。
直前のカーブを曲がってその姿を認める。
その頃には雨は雨らしくなり、パタパタと私たちの頭を濡らしていた。
桑の木、改め、桑の木群は、大粒の雨を受け垂れ下がった葉を携えながらも、そこに依然と立ち続けていた。

手で握れるほどの樹木の枝葉の下に潜り込むと、彼らはあの、見覚えのある赤黒い実をちゃんと実らせていた。
一つ摘み口に運ぶ。
雨と混ざって少し緩慢な、でも優しげな桑の味がした。

二手に分かれて実を集め始める。
「おちた!」
雨音に混ざって葛の声がする。
手が届く高さはまだ薄づきの実が多い。
上の方を手繰り寄せながら熟したものを探す。
手の先は摘んだ実の色が滲み、葉の隙間から大粒となった雨は勢いよく腕を伝う。
一番上の方は色づいた実がもうない。鳥に食べられたのだろうか。
その鳥は、この場所に種を連れてきた鳥の子孫だろうか。
隙間土壌の桑の木にしては大きく育っていると思う。
アスファルトをめくれば、そこは豊かな土壌なのだろうか。
虫や、微生物であふれているのだろうか。
積み重ねたゴミの上に生えているであろうこの桑の木になった実を食べること。
それが今回したかったことだ。
時折、目の前をダンプカーが飛沫をあげて走っていく。
色づいたものを集めきった頃には、着ていたパーカーは雨をたっぷり吸い込んでぐっしょり重くなっていた。

暗くなる頃、家にもどった私は、濡れた衣服を羽織変え、そのまま台所へ向かった。
二人で集めた実をざっとざるにあける。
袋の中には雨水も混ざりこんでいたため、じわっと赤紫の筋がシンクに広がった。
本当は生のまま幾日か味わいたかったが、しょうがない。ジャムとして煮詰めることにした。

私のジャムの作り方はいつも適当だ。
実を入れ、水を入れ、砂糖を多めに、ついでに適当にお酒を入れる。今回はゴードンが合いそうな気がしたからそれを。
あっという間に沸騰し、それと同時に赤黒い実たちは一瞬赤みが強くなる。
ふつふつと湧く泡を見ながら、スプーンひとすくいぶんの赤い汁をコップに入れ、氷と水を注ぐ。
煮詰める間の自分用のチェイサーだ。

少しずつ味見をしながら、今日の風景を思い出す。
雨の中、止まった工事とバリケード、真新しい白線と黒く濡れたアスファルト、そしてその島のいたるところでぐんぐん育つ植物たちについて。

保存のためにレモン汁を途中で入れた。それからお酒ももう一振り。
とろみがでてきたところで火を止めて、今日の旅は終わった。

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