『新任教師の試練』

 佐倉美鈴、22歳。とある中学校の新任教師。
 
 美鈴は小さな頃から、先生になりたいと思っていた。大学は教育学部を選び、結果的に中学校で採用された。
 赴任先の中学校は、県内でも割と田舎だが、部活に力を入れているところだった。特にソフトボール部の成績は目覚ましいものがあった。県大会の常連であり、数年に一度は全国にも行っていた。
 
 新任教師は一年間、担任は持たずにクラスの副担任を務め、また部活の顧問の先生に付いて学ぶのが習わしである。美鈴は件のソフトボール部の副顧問になった。
 
 強豪ソフトボール部の顧問って、一体どんな先生だろう。厳しい先生なのかな。美鈴は少し不安になった。そしてその不安が的中する。

 顧問の柏木先生の第一印象は、厳しさを絵に描いたような先生だった。髪は短く物言いはハキハキしていて、笑顔を見せず厳しい言葉をズバズバ美鈴に言ってきた。しかしこれは私を鍛えてくれているんだと解釈し、アドバイスに耳を傾けるようにした。
 
 新入部員が初めて来る日。美鈴も初めて部活に行った。そして柏木先生が挨拶した。
「まずは入部してくれたことに感謝します。このソフトボール部は、全国制覇を目指しています。正直言って練習は厳しいです。途中で辞める人もいます。でも私を信じて付いてきてくれれば、きっと最後に最高の結果が待っています。」
 表情が引き締まる新入部員たち。そして柏木先生は続ける。
「朝練は毎日7時から。放課後は最終下校時刻まで。土日もほぼ練習試合があります。先輩からの虐めは全く起きたことがないから安心してね。それと髪型は、刈り上げのショート以外は認めません。美容院だと遠慮して切ってくれないこともあるから、床屋で切ってもらいます。明日みんなで床屋に行きます。嫌ならば辞めてもらって結構です。」
 刈り上げのショートと聞いて、新入部員たちはざわついた。ショートの子もいれば、セミロングの子もいる。顔が曇る子もいた。可哀そうに…辛いよね…。ふと見渡してみると、上級生は皆短く刈り上げていた。中にはスポーツ刈りの子までいた。

 初日の練習が終わり、柏木先生に呼び止められた。
「佐倉先生、ちょっといい?」
「はい。なんでしょうか?」
「あなたも髪を切ってもらいます。」
「え!?私もですか?」
「部員だけ切らせると、保護者からクレームが来ます。」
「そんな…嫌です。私ロングが好きなので切りたくないです。」
「その気持ちは分かるわ。私もそうだったから。でもね、教師をするってこういう事なのよ。」
 ここで逆らって印象を悪くすると、後に響きかねない。長い物には巻かれろと言うが…髪を切らされるなんて…。しばらく考えて聞いてみた。
「それで、どのぐらい切らないといけないですか?」
「当たり前じゃない。部員たちと同じ刈り上げショートよ。」
「ええっ?刈り上げですか?普通のショートカットではだめなんですか?」
「そうよ。部員たちと同じでないと意味がないわよ。明日新入部員たちと一緒に床屋に行くからね。」
 このロングの髪を刈り上げ?床屋?嘘でしょ?
「……。」
「じゃあ今日はおしまい。お疲れ様でした。」

 子どもの頃はボブにしていた美鈴だが、高校生になってからは徐々に伸ばしはじめ、大学でもあまり短くすることなく過ごしてきた。パーマをかけたり色を入れたり、髪型にはこだわってきた。それが教師になったからと言って、なぜ切らないといけないのか。
 百歩譲って、ショートカットならばまだ我慢できる。でも刈り上げなんてありえない…。床屋なんかに行ったら、きっとバリカンでやられるに違いない。バリカンなんて男性を坊主にするためにあるものだ。それを使われるのか…。
 
 鏡の前で髪を触りながら、私は思った。床屋さんでどれぐらい切られてしまうのだろう。男性みたいになるんだろうな。バリカンは怖いな。断ったら立場がまずくなるかな。先生、辞めちゃおうかな…。
 
 でも…すごい倍率を突破して、やっとなれた先生。小さい頃からどうしてもなりたかった先生。こんなことで辞めてもいいのかな。髪を切るぐらい我慢しないと駄目なのかな。これが社会人なのかなぁ。これってパワハラなのかも…。

 眠れない夜を過ごし、朝になった。いつものように髪をまとめる。最近していなかったポニーテールにしてみたり、三つ編みにもした。もうこんな髪型が出来なくなるんだ…そう思い、たくさん自撮りをした。
 
 いつになく学校に向かう足取りが重い。学校に着いてしまったら、きっと髪を切ることから逃れられない。今ならまだ間に合う。しかし気づくと、いつものように職員室に入っていた。
 
 柏木先生に挨拶した。驚いたことに、先生のショートヘアがさらに短く刈りこまれている。後ろと横は青々とした刈り上げだ。
「おはよう。どう?サッパリしたでしょ。生徒たちに言った手前、私も切らないとね。あの後すぐに床屋へ行って、バリカンでやってもらったのよ。」そう言って先生は刈り上げた襟足を触った。
「すごいですね…。」
「あら、佐倉先生も今日同じように切るのよ。教師を続けたければね。」
 ニヤッと笑った気がした。こう言われてしまうと、もう諦めるしかない。今日の午後には、物心がついてからはやったことのないショートカット。しかもバリカンで刈り上げにされる。ポニーテールが寂しげに揺れている、そんな気がした。 
 その日は担当の授業をどうにかこなしたが、美鈴は上の空だった。どうしても髪を切ることを考えてしまっていた。憂鬱な気持ちのまま放課後を迎えた。
 
 放課後。部活に行くと昨日よりも新入部員は減っていた。やはり髪を切りたくないのだろう。普通のショートならまだしも、床屋で刈り上げだ。しかし6人の子が残っていた。
「よく来たわね。偉いわ。じゃあこれから昨日行った通り床屋に行きます。上級生は練習を続けていなさい。」
 

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 そして学校近くの床屋へと連れていかれた。
「いらっしゃい。今年も来たんだね。」
「はい。いつもの刈り上げショートでお願いします。」
 ちょっと待っててね。そう言っておじさんは、散髪に戻った。中学生ぐらいの男の子が座っていた。おじさんはバリカンを取り出し、
「じゃあ初めての坊主にしちゃうね。」と言い、前髪にバリカンを入れた。
 けたたましい音を立てたバリカンは遠慮なく進み、前髪を刈る。続けて後ろの髪も一気に刈り取った。ものの5分でツルツルの丸坊主になった。
 野球部に入るのだろうか。さっきまではごく普通の髪型だったのが、あっという間にお坊さんのような丸坊主だ。これがバリカン…初めて間近で見るバリカンに、美鈴は気押されていた。私もあのバリカンで刈り上げられるのか…。
 ふと横にいる生徒を見ると、顔が強張っていた。きっと私と同じことを考えているのだろう。あのバリカンで、これから刈り上げにされる。坊主にはされないが、それでも短くされることに間違いはない。

 男の子のカットが終わる。その子は丸坊主の頭を触りながら、恥ずかしそうにお店を出ていった。おじさんに「おまたせ。で、誰からやるの?」と聞かれた。
 まずはショートカットの子が座った。元から短いからか、髪を切るのにそれほど抵抗がない様子だ。その子は始めからバリカンを使われた。すごい音を立てて、バリカンが襟足から入る。髪が根本から刈り取られ、地肌がむき出しになる。耳周りの髪も容赦なく刈られ、刈り上げショートが完成した。
 バリカンであっという間に髪がなくなっていく。私もすぐにああなるのか…。

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