『親の意向』

 私、香田結月は、小学生から始めたミニバスにのめり込んでいた。スピーディーな展開が面白いし、サッカーやソフトボールと違ってよく点が入る。母もバスケ部で高校時代に全国大会へ行ったことがあったので、私がバスケをすることに賛成していた。

 中学では迷わずバスケ部に入った。あまり厳しい規則はなく、のびのびとプレイすることが出来た。
 
 両親とも私のバスケには全力で応援してくれた。しかしただ一点、意見が合わないことがあった。
 それは髪型。母は学生時代、ほとんどベリーショートで過ごしてきた。当時はそれが当たり前であったそうだ。バスケは髪が短い方がプレーしやすいというのもある。何度か髪を切るように言われたが、私は長い髪が好きだ。バスケに髪型なんて関係ないと思い、いつも髪を結んでプレイしていた。
 
 ある日母が言った。
「結月、いい加減髪を切りなさい。そんなに長いとプレイに邪魔でしょ?お母さんだって髪は短かったのよ。」
「お母さんはお母さん、私は私よ。いいじゃない別に。」
「でも本気でバスケに打ち込みたいんでしょ?バスケの強い子で髪の長い子なんて見たことないわよ。」
 確かに長い髪はプレイに邪魔ではある。でも先輩みたいに短くはしたくない。
「お父さんはどう思うの?」と私は助けを求めて聞いてみた。
「そりゃ短い方がいいに決まっている。長いと手入れが大変だし、お洒落に気が行くとバスケが疎かになるからな。俺は野球部だったから、問答無用に坊主だったけどな。」

 助けどころか母の援護射撃をされてしまった。
「お母さんは髪を刈り上げにもしていたのよ。そうすることによって、バスケに打ち込めたわ。結月もそうしなさい!」
「刈り上げ…そんなの絶対嫌よ。」
「本気でバスケをしたいのなら、そのぐらいしなきゃダメよ。お母さんの部活には坊主の子だっていたわ。」
 『本気で』というとこ場に引っかかった。私は背も高い方で、運動神経も良い。何よりバスケが好きだ。バスケでもっと上に行きたい。スポーツ推薦でバスケの強い高校に行くことも考え始めていた。
「今度秋の新人戦があるでしょ?その時に不甲斐ない結果だったら、髪を切りなさい。いいわね!嫌ならば頑張りなさい。」
 こういう時の母には何も言い返せない。「分かりました…」と言うのが精一杯だった。

 迎えた新人戦。結月は奮闘したが、他のメンバーの調子が悪い。結月も焦りがあり、いつもは決まるシュートがことごとくリングに嫌われた。結果、弱小校相手にまさかの一回戦負けとなってしまった。

 その日の夜、母に言われた。
「結月、約束通り髪を切ってきなさい。刈り上げのショートにね。」
「嫌だ…」
「何言っているの?この前約束したでしょ?」
「…」
「何度も言うけど、バスケをするのにそんなに長い髪は駄目よ。」
 本当に嫌だったが、私のバスケのためにいろいろとしてくれている母親には逆らえない。

 仕方なく次の日、美容院へ行った。緊張して待っていると名前が呼ばれた。
「こんにちは。今日はどうするの?」
「はい、シ、ショートカットにして下さい。」
「こんなに長いのに?切っちゃってもいいの?」そう言って美容師さんは、私の長い髪に触れた。
「はい。いいんです。バスケ部なので…。」
「そう。じゃあ運動しやすいように短いショートにする?」
短くと言ってもどれ位がいいのか分からない。
「はい。お任せします…。」
「せっかくだからこの際後ろは刈り上げてみる?」
 母は刈り上げにしなさいと言ったが、やっぱりそれだけは嫌だった。ソフト部の友達が刈り上げにしていたが、ああはしたくなかった。バリカンも怖い。
「いえ、刈り上げはしないで下さい。」
「分かりました。じゃあ切っていきますね。」
 美容師さんは、ブロッキングもせずに豪快にザクザクと切り始めた。大切に伸ばしてきた髪が、一瞬にして断ち切られる。涙が出そうになったが我慢した。
 程なくしておかっぱにされた。すると次は頭全体の髪を、またザクザクと切る。気づくと耳もすっかり出された。耳は出してほしくなかったが、既に遅かった。

 ようやくハサミの音が止み、気づくとショートカットになっていた。耳も全部出されている。ふと足元を見ると、すごい量の髪の毛が散っていた。こんなに切られちゃったんだ…沈んでいると、美容師は小型のバリカンを持ちだした。まさか刈り上げにされるのではと恐怖の表情で見ていると、それに気づいた美容師さんは少し笑って「襟足を整えますね。」と言って、首筋にバリカンを潜り込ませた。
 ジョリジョリと首筋を初めての感覚が襲う。少しくすぐったい。これがバリカンなのか。男の美容師さんだから、首筋を見られているのが急に恥ずかしくなった。
 シャンプーとブローをしてもらったが、髪が短いからすぐに終わった。それもまた悲しさに拍車をかけた。

 家に着くと母がいた。
「おかえり!短くしたわね。ちょっと後ろを見せてね。」くるっと回ると母は怪訝な顔でこう続けた。
「刈り上げにしていないじゃない!どうして約束を守らなかったの!?」
「どうしても嫌だったから…。」
「そんなの通用しないわよ。今から切るから、座りなさい。」
「えっ?今からって?まさか刈り上げにするの?」
「当たり前じゃない!大丈夫よ。いつも隆の髪を切っているでしょ?」
 兄の隆は高校で野球部に入っていた。床屋代がもったいないからと、母がバリカンで刈っている。そのバリカンで刈り上げにしようと言うのか…。
「嫌だ…」
「坊主よりかはましでしょ。これ位我慢しなさい。ふがいない成績のあなたが悪いのよ。」
 無理やり座らされ、頭をぐいっと下に向けた。バリカンの音がする。程なくして私の首筋に、バリカンが潜り込んできた…。
「イヤーッ!」
「動くと隆みたいに坊主になるわよ!」
 この一言で逃げられなくなった。ひやっとしたバリカンの刃が後頭部に触れる。ゾクっとした…。
 ジョリジョリと音を立てて、髪が刈られていく。なんでお母さんはこんなことするんだろう。どうしてバリカンなんかで刈られないといけないのだろう。私の後頭部はソフト部の友達みたいになっているのだろうか。嫌だ、嫌だ―。
 ようやくバリカンの音が止んだ。鏡を見せられると、思ったよりかは刈り上げられてはいなかった。しかし襟足の髪の毛はなくなり、地肌も見えていた。
「バスケの選手らしくていいじゃない。結月はこれぐらいの方が似合っているわよ。」
 母が悪魔に見えた。何も言わずに部屋に入り、号泣した。

 次の日、学校ではちょっとした騒ぎになった。友達から口々に髪のことを聞かれた。
「すごいバッサリ!どうしたの?何かあったの?」
「うん、まあいろいろとね…。」
「あれだけロングヘアが好きだったのに、思い切ったね。」
「…ほら、バスケやるには短い方がいいし。」心にもないことを言ってみた。
「刈り上げちょっと触らせて!」断ることも出来ずに触られた。
「わぁ…ジョリジョリする!」なんか恥ずかしくなった。

 その後は気持ちを切り替えて、バスケに邁進した。母から再び刈り上げにするようにとは言われないよう頑張った。県の代表チームにも入り、将来を嘱望され、県内の名門校に特待生として入学した。
 
 名門校のバスケ部はさすがに厳しかった。練習中は緊張感に満たされていた。監督は厳しい人だったが、あまり理不尽なことは言わなかった。髪型も邪魔にならなければ良いとのことだった。

 ただ、生活態度に関しては厳しく言われた。言葉遣いから礼儀、部室の整理整頓などにはうるさかった。

 私は親に刈り上げにされてからは髪を伸ばしていたが、高校入学を機にボブに切った。この方が美容院に行く回数も少なくて済む。ある程度伸びると短めに切るのを繰り返していた。
 
 そんな折、大事件が起こる。秋の新人戦でいいところなく一回戦負けしたばかりか、複数の部員の喫煙が発覚した。もし学校に知られたら休学は避けられない。下手したら休部も有りうる。しかし監督の尽力により、なんとかその事態は免れた。

 監督は、今までに見たことがないほど怒っていた。
「おいお前ら、これはどういうことだ!」
「…」
「今回俺がどれだけ頭を下げてこの問題を収めたか、お前らに分かるか!?」
「…すいません…。」
「今まではお前らの自主性に任せてきたが、それも今日でやめだ。これからは厳しく管理させてもらう。お前らはまだまだ子どもだ。」
「…」
「まずはその髪だ。確かに俺は、邪魔にならなければいいとは言ったが、だからと言って染めていいとかチャラチャラしてもいいとかは言っていない。だからバスケ以外のことに目が行くんだ。全員明日までに坊主にしてこい!」
 絶叫と悲鳴が起きた。口々に文句が出る。
「黙れ!お前らも強豪校を見ただろう?スポーツ刈りや坊主の選手がいたよな?あそこまでするからこそ、彼女たちは強豪でいられる。お前らは甘い。まずは出来るところから変えないといけない。」
「でも坊主なんて…。」泣き出した部員もいた。
「これはもう決定事項だ。今日中に床屋で坊主にしてこい。それも中途半端なお洒落坊主なんてものは一切認めない。一番短い坊主だ。嫌ならば辞めてもらって結構。もし出来ないようであれば、俺が髪を刈ってやるからな。以上、解散!」
 その後も何人かの部員が食い下がったが、ことごとく却下された。

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