『地下アイドルグループの方針』
私の夢はアイドルになること-
私は小さなころから夢見てきた。歌にお芝居、ダンスとたくさんのレッスンを受け、出来ることは全てやってきた。オーディションをいくつも受けたが、どれも合格には至らず、高校を卒業した。
周囲の子が進学や就職する中、私は小さな事務所に所属するようになった。いわゆる地下アイドルグループを養成していて、いつかはメジャーデビューを狙っている会社だった。
本当はどこか大手の芸能事務所に所属したかったが、それは叶わなかった。ならばここで頑張っていれば、いつかは人気が出て日の当たる世界に行けるのではないか。そう思った。
同じ時期に入ったアカリ、ヒカリと私ミライの3人でグループを結成した。デビューを目指してレッスンに励んでいたある日、女性マネージャーの川崎さんに呼ばれた。どういったグループで売り出していくか話したいということだった。
「さて、あなたたちのグループだけど、コンセプトは『チャレンジ』でいこうと思う。つまりは何事にも恐れず挑戦していこうということよ。これはお客さんとも共有し、一緒に夢に向かって挑戦していこうという意味が込められているのよ。」
「それいいですね!私たちにピッタリです。」
「うん、そこでね、早速だけど一つ思い切ったことに挑戦してもらいたいの。」
「何ですか?何でもやりますよ。」
「髪型を変えるのよ。」
「!?髪をですか…。」
「うん。今の3人はボブかロングでしょ。その長さでは他の数多ある地下アイドルと変わらないし、それじゃあ目立たない。誰もがやったことのない髪型でいってほしいと思ってね。」
「誰もがやったことのない髪型って…具体的にはどういう髪型に…?」
「刈り上げショートよ。」
「か、刈り上げですか?」
「そう。この世界は目立った者勝ちよ。刈り上げなんて今のアイドルにはいないでしょう?だからこそやるのよ!」
「そんな…せっかくここまで伸ばした髪を切りたくないです。ましてや刈り上げになんて…。」と背中まで髪を伸ばしているヒカリがつぶやく。
アカリはボブ、私はポニーテールにしている。
「そりゃそうでしょう。でもこれはもう会社で決まったこと。もう変えようがないわ。クールでボーイッシュなグループとして売っていくことになったからね。そのためには女らしさはいらない。服装もヒラヒラしたスカートなんか駄目。いわゆる男装をしてもらうわよ。従えないのなら、ここを辞めてもらって結構よ。」
「……」
「3人で話し合って、明日、その結果を教えてね。」
そう言い残してマネージャーは席を立った。
「どうしよう…。刈り上げなんてしたことない。可愛い恰好でやりたかったのに…。」とアカリ。
「でも私はアイドルになりたいし、こんなことで辞めたくない。頑張ってみない?」私は2人に問いかけた。
「ミライは刈り上げショートでもいいの?男装でもいいの?」ヒカリが言う。
「もちろん私だってこの髪を切りたくはない。でもマネージャーが言うように、この世界目立った者勝ちだと思うな。刈り上げのアイドルなんて一人もいないし。ここはチャンスじゃない?それに私たちのコンセプトは『挑戦』でしょ?」
「そうよね…。」「でもショートにもしたことないし…。」
「一晩ゆっくり考えようよ。私はやるけどね。」
「分かった…。」
そうして帰宅した。2人にああは言ったものの、私だって刈り上げなんて本当はしたくない。このポニーテールを刈り上げにされるのは心底嫌だ。それに刈り上げって、バリカンとやらでやられるのだろう。男性を坊主にする時に使う物が私の髪に使われるなんて、考えだけでも寒気がしてくる。
翌日、ヒカリは目を腫らしていた。敢えてその理由は聞かなかった。きっと断髪が嫌なのだろう。
まず私がマネージャーに話した。
「私は刈り上げショートにします。男装でステージに上がります。」
「よく言ったわ!で、他の2人はどうするの?」
「私もします。」「…私も…。」
「これで決まりね。じゃあ早速床屋に行ってもらうわ。」
「床屋?美容院じゃないのですか?」
「美容院だとお洒落な刈り上げにされるでしょう?床屋の方が男っぽくしてもらえるわ。ああ、それともちろん動画も撮らせてもらうわね。」
「えっ?切っているところを撮られるのですか?」
「ええ。プロモーションビデオで使うのよ。断髪の瞬間の表情があった方がいいでしょう?」
「恥ずかしい…。」ヒカリが頬を赤らめた。
「大丈夫。頑張ろうよ!」私は必死に2人を鼓舞した。
すぐに床屋へ連れて行かれた。入る前に
「ここからビデオを回すから。話は通してあるけど、きちんと『刈り上げのショートにして下さい』と言ってね。」
「はい…。」
緊張した面持ちで床屋に入る。初老の理容師が迎えてくれる。誰からカットするか決めていなかったが、アカリが初めに椅子に座った。
「いらっしゃい。今日はどうするの?」
「あの、バッサリ、か、刈り上げのショートカットにして下さい。」
「そんなに切っちゃってもいいの?刈り上げはバリカンも使うけど?」そう言っておじさんはアカリのボブの髪に触れる。
「はい。お願いします。」
カットが始まった。元々短い髪にハサミを入れていく。程なくしてショートにされた。おじさんは棚からバリカンを取り出す。ごくりと生唾を飲んだ。
「ちょっと下向いてね。」
そしてバリカンを作動させ、短くなった襟足に潜り込ませた。カタカタ…と乾いた音が響き、アカリの襟足が刈られた。
バリカンが離れると地肌がはっきりと見えた。これがバリカン…そして次のバリカンが入る。アカリの襟足はどんどん刈られていき、刈り上げられていった。
これで終わりかと思ったら、耳の横も刈り始めた。アカリは何か言いたそうにしていたが、ぐっと堪えていた。まさか横も刈られるとは思っていなかったのだろう。
最後に全体を整えて、アカリが戻ってきた。少年のように髪が短い。目に光るものがあった。
ふとヒカリを見ると、目に涙を溜めていた。それを見て次は私が行くことにした。
私は覚悟を決めて席に座った。「お嬢さんも同じでいいの?」「はい。お願いします。」ポニーテールを解こうとしたが、そのままで良いと言われた。なんで?と思っていると、あろうことかポニーテールの結び目からハサミを入れ始めた。ジョキジョキと長い時間かけてポニーテールがごっそり切られた。
そんな切り方しなくてもいいのに…唇を噛んだ。その後ハサミでザクザクと切られていき、いよいよおじさんはあのバリカンを出した。
これからアカリと同じように刈られる。分かっているだけに怖い。頭を下にされて、バリカンが襟足に入った。
「ヒヤッ」と思わず声が出た。冷たい刃が私の頭に触れる。初めての感触。涙だけは見せまいと頑張った。何度もバリカンが往復し、頭を元に戻される。次は横の髪。バリカンの音が大きく響く。バリカンが通った跡は青々としていた。後ろもこうなっているのかと思うと絶望的になった。
仕上げにハサミで整え、刈り上げショートが完成した。ふと床に落ちた髪束を見て、涙がこみ上げてきたが我慢した。
最後はヒカリ。長い髪を愛おしそうに掴みながら席に座る。「あなたは一番長いね。同じように切っちゃうけどいいの?」「はい…やって…下さい…。」
やはりブロッキングなどせずザクザクと乱雑にカットされていく。時折俯くがすぐに戻され、カットが続く。
そしてバリカンの時間が始まった。今度はぐいっと下を向かされて、無防備な襟足にバリカンが潜り込んでいく。ガリガリとバリカンが食い込み、髪がごっそり刈られる。そして刈り上げられた襟足が現れる。
耳周りにもバリカンが入る。時折小さな悲鳴が聞こえる。形の良い耳が露わになる。耳まで真っ赤になっていた。
戻ってきたヒカリは、さっきまでのロングヘアの面影が全くなくなっていた。美少女だったのが、少年のように刈り上げられていた。
辛い時間が終わった。カメラが止まると3人で思いっきり泣いた。これから頑張ろうとみんなで誓い合った。
デビューしてからは、大人気とまではいかないものの、一定の支持を得ることができた。やはりマネージャーの言った通り、他と違うことをすれば目立つし人が振り向いてくれる。衣装、歌、振り付けとも男性に近づけたのが功を奏してか、少しずつファンが増えていった。
それに髪を切った時の動画が受けて、少しずつファンが増えていった。中には批判的な意見もあったが、概ね「よくやった」「女の子が刈り上げにするシーンなんて見たことがない」といった、好意的なものが多かった。
刈り上げた髪も伸ばすことなく、こまめにバリカンを入れて維持していた。始めは抵抗があったが、少しずつバリカンにも慣れていった。
次第に人気が出てきたある日。マネージャーはとんでもない提案をしてきた。
「この前のアンケートでこんなのがあったんだ。『ここまで短くしたのなら、坊主頭も見てみたい』と。同じ意見が多数寄せられてきているのよ。」
「えっ…!?坊主ですか!?いくらなんでもそれは嫌です…。」
「私もさすがにそこまでは…と思う。ただ、この路線で行くのもそのうち飽きられるのは目に見えている。もっとインパクトのあることをして世間の注目を集めたい。同じことをただ繰り返していても駄目なのよ。」
「でも…」
「じゃあ何か新しいものを考えられる?」
「それは…」
今までもただ漫然とステージをこなしてきたわけではない。3人で必死に考えてやってきた。ただ最近はマンネリ感が否めないのも事実だった。
「少し考えさせて下さい…。」
その晩居酒屋にて、3人でとことん話し合った。
「いくら何でも坊主だけは嫌よ!刈り上げだって嫌なんだし…」とアカリ。ヒカリは
「私も刈り上げで精いっぱい。これ以上は短くしたくない。本当は伸ばしたいんだから。」そう言って短い髪に触れる。
「私は…別に坊主でもいいのかな、って思うよ。」
「えっ?なんで?」
「だって今までにいないじゃない。丸坊主の地下アイドルなんて。それに絶対に誰にも真似出来ないことよね?刈り上げまではギリギリいたとしても、坊主はさすがに無理でしょ。」
「でもだからってミライが坊主にすることはないよ。ミライだって…本当は伸ばしたいんでしょ?」
図星を突かれて一瞬黙ったが、負けずにこう言った。
「そりゃそうよ。私だって髪を伸ばしたい。いつもバリカンで刈られるのは苦痛よ。でもね、私はやっぱりアイドルでやっていきたい。少しでも売れる可能性があるならばそれに賭けてみたい。ほら、マネージャーがよく『この世界は目立った者勝ち』って言うでしょ?さっきも言ったように、丸坊主のアイドルなんて絶対にいないし誰も真似できない。オンリーワンなのよ。これはチャンスじゃない?」
半分は切りたくないし、半分は切ってもいいかなと思う自分がいた。刈り上げならばいざ知らず、坊主なんて考えたことはなかった。坊主にしてしまったら、ボーイッシュなんて言葉を飛び越えてしまう。ウイッグがないと外出もままならないだろう。
それにバリカンで坊主にされるのは怖い。刈り上げならば何とか耐えられたが、あのバリカンがこの髪を全て刈られてしまうと考えると…ゾッとする。男の子だって部活で坊主にする時は泣いたと聞くし。
でもリーダーの私がやらないと。これはピンチのようでチャンスなのかもしれない…!
次の日。マネージャーに意思を伝えた。
「マネージャー、私は丸坊主になってもいいです!」
えっ!?と2人は驚く。
「よく決意したわね。あとの2人は?
「私はやっぱり嫌です。」
「私も…お断りします。」
分かったわ。私は断った2人を責めたりはしない。女の子だもん、それが普通よね。でもミライ、あなたの決断は素晴らしいわ。丁度あなたがセンターなんだから、あなただけでもやると良いわよ。
「ありがとうございます。早速床屋に行ってきます。」
「それは待って。ただ床屋で坊主にしたんじゃ味気ないわ。せっかくならステージでお客さんにやってもらわない?」
「ステージで!?」3人の声が揃った。
「そう。それもオークション形式にして、最高落札者にやってもらうのよ。そのお金の半分はミライがもらっていいわ。そうすれば一石二鳥でしょ?」
何てことを言い出すのだろう。人前で丸坊主にされるなんて、想像しただけですごく恥ずかしい。せめてひっそりと床屋で切りたかった。
「それはさすがに私でも…恥ずかしいですし…。」
「何言っているのよ!こんなこと誰もやったことがないからチャンスじゃない!きっと断髪式を告知すればお客さんもたくさん集まるし、マスコミも来るかもしれない。一世一代の勝負よ!!」
「ステージで丸坊主にされる…しかも素人に…。」私は考え込んでしまった。そんな私を見てマネージャーは「ちょっと待っててね」と言って席を外した。
数分してマネージャーはケープを着けて戻ってきた。なんでケープ?まさか?
「あなただけに辛い思いはさせない。私はあなたたちのマネージャーなんだから、あなたの苦しみは私にも分けてもらうわ。さあ、私の覚悟を見ててちょうだい。」
そう言って、ケープから出した手にはバリカンが握られていた。あっと思っていると、マネージャーは自身のショートの前髪にバリカンを入れた。
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