誰も知らない森は深い


目覚めると
ひどく疲れていた
潅木に身を横たえ最後の記憶を辿った
直ぐにスタミナが切れて
ふたたび眠った
 
近くで不気味な声があがった
興奮した三匹のガーゴイルたちが
老人を大木に縛りつけていた
また悪さをしているのだ
 
離れたばしょで若者が一人
弓を構えていた
狙いは終りを悟ったかのように目を閉じる老人だ
若者も老人も見事な白い翼を背負っていた
 
ガーゴイルたちは
矢が放たれるのを待ちきれず
醜悪なよだれを滴らせて
低く唸りながら身構えている
 
矢を構えていた青年が
不意にぼくの気配に気づいた
それを察して一匹のガーゴイルが真っ先に飛んできた
「まて」俯いていた老人が顔を上げて叫んだ
「その子に手を触れるな、私が呼び寄せたのだ」
それが命令のようにガーゴイルは従い
口惜しそうに持ち場へ戻った
これは何事なのか
今から処刑されようとしている老人に
ぼくは呼ばれて此処へ来たと言う
心当たりなど毛頭ない
どんな理屈も成り立たない

もしかすると
老人はぼくに処刑を止めてもらいたいのではないか
何かの理由でそれを口にすることが出来ず
遠回しに伝えようとしているのではないか
 
ガーゴイルたちの我慢は限界に近づいていた
老人はそれを察するように言った
「さぁ、私を射るがいい。問題はもう何もない」
若者は再び弓を携え弦を強くひいた
「待ってください!いったい何が起きたというのです!」
気付くとぼくは灌木の上に立っていた
「この場を見過ごすわけにはいきません。ご老人、貴方はぼくに何かを託したくて此処へ呼んだのですか」
「託したものなど何もない」
強い意志を見せるように老人は言った。
「既にぼくの承諾抜きで、ぼくはあなたの物語に登場しているようです。これはもうどうしようもない事のようです。ならば引き受けるしかないでしょう。さぁ、教えてください。ぼくの役割は何ですか。どうすればいいのです?このような場面に出くわして何をするのが正しいですか?それが使命だと言うなら引き受けましょう。出来るかどうかは別として、やれるだけのことはやってみます。さぁ言ってください、此処にいるガーゴイルたちをぼくが追い払って、貴方を開放すればいいのですか?」
弓を構えていた若者が眼光鋭くぼくを睨みつけた。その眼には深い恩讐が漂っていた。
「若者よ、残念だ。正しさというものは、もう何処にも残っていないのだ」老人が言った。
「それでは困ります。このまま、放り出されるようにぼくがぼくの物語に戻っても、きっとこの出来事を引きずるでしょう。深い傷のようなものを心に刻んだままです。人生に何かしらの支障も生まれるでしょう。そして道に迷います。処刑される貴方の姿を、何も手を施さず、起きたままに目に映すだけでは、ぼくに帰る場所などないのです。何ひとつ上手く行く気がしません。発狂するかもしれません。自分の身体を傷つけてしまうかもしれません。ぼくが今、何故此処にいるのかを、どうか教えてください」
老人は目線をはずし若者を見やった。
そして最後の力を振り絞るようにその見事な翼を広げた。
「さぁ、息子よ、これは定めである。父をその一矢で射抜くのだ。あの巨人を倒した時の勇気と冷静さを今こそ思い出すがよい」 
矢はまもなく放たれた
ビュッと唸って老人の中心を射抜いた
ガーゴイルたちの歓喜が森に響いていた


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