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私が「サトシ・ナカモト」だといった男の(クレイグ・ライト)正体

その男はビットコインの発明者「サトシ・ナカモト」なのか? 法廷で列挙された矛盾と反論の中身
BUSINESS 2024.02.19 WIRED
https://wired.jp/article/craig-wright-trial-cross-examination-bitcoin-satoshi/

ビットコインの発明者「サトシ・ナカモト」を自称するコンピューター科学者クレイグ・ライトの主張の真偽をめぐり、議論が法廷で繰り広げられている。証人尋問では「証拠」の矛盾が次々に挙げられ、疑惑をかわそうとするライトの主張は錯綜を続けた。
自身をビットコインの発明者「サトシ・ナカモト」であると法廷で主張しているコンピューター科学者のクレイグ・ライト。この主張を覆すべく2月5日から英国高等法院で始まった裁判におけるライトへの証人尋問が、7日間にわたって粛々と進められた。



ウイキペディア

法廷では原告側弁護士のジョナサン・ハフが、ライトが「サトシ・ナカモト」であるという主張の根拠となる証拠を偽造または操作したことを示す例を次々と挙げ、矛盾を突いていく。ライトはそのすべてに異議を唱え、つぎはぎだらけの正当化を試みたが、徐々にほころびをつくろうことが困難になっていった。

ビットコインの生みの親「サトシ・ナカモト」を自称する男は、それを法廷で証明できるのか?

BY JOEL KHALILI

2月14日のことだ。原告側弁護士のハフは、「これは単なるおとぎ話のひとつにすぎないのではありませんか?」と、満員のロンドンの法廷で向かい側に立っていたライトにいら立ちをこらえ切れずに言い放った。
「いいえ、そうではありません」と、ライトは答えた。

このやり取りは、30時間以上も続いた証人尋問の9時間目に起きた出来事である。何度もこのようなやり取りが繰り返され、ある時点でハフは「わたしたちは堂々巡りをしています」と訴え、「あなたは単に黒を白だと言っているだけです」とライトに言ったこともあったほどだ。

ライトは、暗号資産に関連するテクノロジー企業による非営利コンソーシアム「Cryptocurrency Open Patent Alliance(COPA)」が起こした訴訟の一環で証人尋問を受けていた。2016年以来、ライトは自身がビットコインの生みの親であるサトシ・ナカモトであると主張し、それに基づいて多数の知的財産訴訟を起こしてきたのだ。そこで、ライトが開発者に危機感を抱かせてビットコインからの撤退を仕向けるような訴訟を続けることを防ぐ目的で、COPAはライトが「サトシ・ナカモトではない」との判断を下すよう裁判所に求めている。

この訴訟の判決は、ライトがビットコイン関連の開発者やその他の関係者を相手どって起こした3件の関連訴訟に波及し、その結果はビットコインの今後の発展を形づくることになるだろう。もし裁判所がライトに有利な判決を下し、その後ライト自身が勝訴すれば、誰がビットコインのコードベースに手を加えることができるのか、またどのような条件でシステムを使用できるのかをライトが自由に決定できるようになる。

「法の観点から見ると、(ライトは)ビットコインのネットワークを完全に管理する権利を求めています」と、ライトが起こした別の訴訟でビットコイン開発者の弁護に資金を提供している非営利団体「Bitcoin Legal Defense Fund」の担当者は語る。この人物はライトからの法的な報復措置を恐れ、匿名を希望している。

次々に挙げられた具体的な矛盾点

裁判の2日目、ライトに対する証人尋問が始まった。そのやり取りは、迷路を進むような進展と技術的な複雑さ、見当違いな方向への脱線傾向の点でカフカの小説のようだった。

ハフとライトは、事実上すべての証拠品をめぐって長々と言い争った。証拠内容の特徴、サトシ・ナカモであるというライトの主張との関連性、改ざんの兆候、または証拠提出の方法などについて議論が展開されたのだ。

この議論においては、スキーマ・ファイル(データベースの項目や構造などを定義したファイル)や仮想環境、プラグイン、16進数バイナリの編集、その他の技術的に難解な領域についての話もあった。ハフはライトの偽造疑惑の全容を裁判官に印象づけようとする一方で、ライトは最もありそうもない偶然の組み合わせにも合理的な説明があることを示そうとする消耗戦が繰り広げられた。

COPA側の弁護団の戦略は明確だった。COPAに依頼された法医学文書鑑定の専門家は、裁判に先立って裁判所に複数の報告書を提出していたのだが、そこで偽造または不正が疑われると主張された数百件の点のそれぞれについて、ライトに説明を強要するというものだ。「COPAがライト博士による偽造や不正を特定できる事例が増えれば増えるほど、ライト博士の弁護全体に及ぶ影響は大きくなります」と、法律事務所Dentonsのシニア・アソシエイトのジェームズ・マースデンは説明する。

この無名の天才がビットコイン発明者「サトシ・ナカモト」である証拠(1)

原告側弁護士のハフは、偽造の疑いのあるさまざまな行為として、08年に初公表されたビットコインのホワイトペーパーに先行した文書であるかのように見せるためにライトが文書の日付を実際より前の日付に変更したこと、自分がサトシ・ナカモトであるという主張を裏付けるために電子メールのやり取りを操作したこと、ビットコインがリリースされるずっと前にライトがビットコインを構想していたかのように見せるために学術論文に事後的に資料を挿入したこと、専門家が既存の資料に疑念を投げかけた後に「ChatGPT」を使用して追加の偽造を作成しようとしたこと──などを告発した。

ハフが特定した具体的な矛盾点には、時代錯誤なフォントの使用やコンピューターの時計が操作されたことを示唆するメタデータ、文書の表向きの日付と矛盾する内部のタイムスタンプなどがあった。ハフは冒頭弁論で述べたように、ばらばらの証拠の断片を徹底的にまとめ上げ、「産業全体に及ぶ」不正行為の全体像を描き出そうとしているように見えた。

法律事務所Harper Jamesの知的財産担当パートナーであるリンゼイ・グレッドヒルによると、証人尋問のプロセスは、ある意味ではライトの応答よりもハフの尋問が重視されていたという。「細部の細部にまでこだわってリストアップした法廷弁護士による執拗な尋問でした」というのが、グレッドヒルの感想だ。

偽造疑惑をかわすためのライトの戦略

COPAが提示したすべての矛盾点に対して、ライトは説明を加えていった。印刷ミスでピクセルの位置がずれて改ざんされたように見えたとか、文書の編集や保存に使用されるITシステムの複雑さを専門家が実施したテストは反映していないとか、ライトの文書はそれを預けたスタッフによって改ざんされた可能性があるとか、ライトはさまざまな主張を展開したのだ。

文書が本物ではないことにライトが同意した場合は、サイバーセキュリティ侵害の被害に遭ったと説明したり、自分の主張を裏付けるためにその文書に頼るつもりはまったくなかったと発言したり、あるいは敵対者が自分をおとしめるために文書を仕組んだとほのめかしたりもした。

偽造疑惑をかわすためのライトの戦略の中心は、法医学専門家の信頼性に疑問を投げかけることだったようだ。裁判が始まる前に、ライトの文書の多くに操作の形跡があるとの結論が双方の専門家から出されていた。

証人席でライトは、COPA側の専門家は「完全に偏っている」と主張した。自身の弁護団が雇った専門家から不利な調査結果が提示されると、専門家たちを「未熟」あるいは資格がないと断言し、その顔ぶれを選んだ以前の事務弁護士を非難した。

さらにライトは、デジタルフォレンジック(デジタル鑑識)における自身の資質を引き合いに出し、もし自分が実際に証拠を偽造しようとしたのであれば、偽造はこれほど素人じみたものにはならなかったはずだと主張した。「皮肉なことに、もしわたしが文書を操作したり捏造したりするのであれば、その文書は完璧なものになるでしょうね」と、ライトは発言したのだ。

そして、さまざまな場面で自身の個人的なテスト(それは証拠として認められないとハフは繰り返し忠告していた)を引用し、罪のない理由で文書に改ざんの痕跡が残る可能性があることを説明していった。

審理は次なるステップへ

偽造疑惑を巡る争いは、裁判の行方を左右する鍵となるだろう。「英国の裁判所は最終的にライト博士が真実を語る証人であるかどうかを評価することになります」と、法律事務所Dentonsのマースデンは指摘する。「もしライト博士が提出した文書が偽造であると裁判所が判断すれば、ライト博士が提出した証拠全体に否定的なイメージを与えることになるでしょう」

訴訟の焦点がライト自身が偽造を犯したかどうかにかかっていることを考えると、ライトが自身を事実上の専門家の立場に当てはめることは「危険な戦略だった」とマースデンは考えている。そして、被告が弁護チームが雇った専門家との間に「距離を置く」ことは「非常に危険な道」であり、裁判で支援してくれる可能性のある人たちから被告を孤立させることになるという。

長時間に及ぶ質疑応答において、ライトは何回か辛辣な受け答えで苛立ちを見せた以外に、おおむね平静を保ち、この上なく自信に満ちているか、あるいは用意周到さを感じさせるような確信に満ちた受け答えをしていた。

ネット上の掲示板では、ライトの法廷での受け答えの質と効果について意見が大きく分かれた。Xでライトの支持者たちは、ライトはCOPAが訴える偽造疑惑をすべて整然と打ち砕いたと主張した。これに対してブロガーでポッドキャスターのアーサー・ヴァン・ペルトのようなライトの批判者は、ライトは「嘘の海に身を投じた」と主張した。

法律事務所Harper Jamesのグレッドヒルによると、ライトは流暢に話しているように見えたかもしれないが、ハフはライトに「主導権を握っているという幻想」を与えることを選んだのかもしれないという。その間ずっと、ライトは筋の通らない話を続け、話は無関係の話題へと波及し、ライト自身の信頼性を損なう結果を招いていたのだ。

「マスメディアやテレビ、あるいは別の場面で繰り広げられる争いでは許されることでも、法廷では許されることはありません。ライトが参加している舞台のルールは違うのです」と、グレッドヒルは説明する。「ライトは専門家としてではなく、事実を語る証人として出廷したのですから」

ライトの最初の証言が終わると、裁判所は両当事者の事実証人や法医学と暗号通貨の専門家から、さらに13日間にわたって証拠を聴取することになる。そして、ライトは法廷に追加提出した書類に関する質問に答えるため、証言台に短時間戻ることが求められるかもしれない。その後、裁判官は最終弁論を聞き、判決を検討するために退廷する。

ライトの説明が錯綜していても、必ずしも不利になるとは限らない。法律事務所Dentonsのマースデンによると、裁判官はそれぞれの説明を「その事実に基づいて」検証することになるという。

そして、ライトの説明の全体的な妥当性、つまり偽造が横行したように見える原因として、ライトが広範かつ多様な不幸の連続に見舞われた可能性が考慮される。「最終的には確率のバランスに基づいてすべてが判断されます」と、マースデンは語る。(WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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