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ピアノ調律師があらためて学ぶ「潤滑剤」

ピアノが快適に弾けるために大切なのが内部の部品がスムーズに動いて正確に戻ること。そのために欠かせない「潤滑剤」

僕だけかもしれないですが、調律師としても「ここにはこれを使うもの」「使ってみた結果これが良かった」と言う指示や経験頼りで、潤滑剤の成分や特性には意外と無頓着なままだったりします。

これじゃいけないなと、潤滑剤について改めてしっかりと知りたいと思いました。そして調べるほどに潤滑の重要性と難しさ、そしてピアノと言うものの特異性が浮き彫りになりました。

潤滑を通して、ピアノをもっと深く知る意味でもこれは勉強して良かったです。

そもそも潤滑を「潤滑剤を塗布してその部品の滑りを良くすること」と捉えていましたが、まずはそこから勘違いがあったようです。

この記事では、結果からではなく入口から潤滑剤を見ていくことでより理解を深めることを目的にしています。そして同業者の方の潤滑剤選びの参考にもなればうれしいです。

そもそも「潤滑」とは?

金属のようにツルツルと平らに見えるものでも、拡大していくと表面は必ずイビツで凹凸が存在しています。

面で接触しているように見えていても、実は山の先端同士のごくわずかな点で接触しているため、その2つの物体が直接触れた状態で動いた時、摩擦が起こり、削れて、キシミの原因となります。

「互いに接触しながら相対運動をおこなう2面間」

その間に「潤滑剤」を供給して、「摩擦・摩耗を防止または減少すること」が潤滑です。

ピアノでは主にタッチの引っ掛かりや、音が出ない・止まらないこと、不要な雑音を防止することが目的になります。ストレスなく弾くことができ、長期的には部品も長持ちします。

目指すべき潤滑の状態

潤滑において一番理想とされているのは、間にある潤滑剤によって2面間が完全に離れている「流体潤滑」と言う状態です。

物質同士が直接接触している「個体潤滑」や、油膜が薄い「境界潤滑」の状態では摩擦が大きくなり、摩耗にも繋がります。

ここからわかることは、ピアノの部品の両面を潤滑剤がしっかりと分離する必要があるということ。

ということは両面ともにその潤滑剤が接触するわけなので、素材を痛めないよう、適した潤滑剤を選んで使用する必要がありそうです。

ただし、この理想とされる潤滑状態はあくまで工業的な考え方に基づくものです。「タッチ」という繊細なものが関わってくる工芸的な側面からピアノを見ると、メーカーや調律師の考え方によっては、必ずしも「流体潤滑」がベストではないケースもあるかもしれません。

ピアノの接触部分

ではピアノにはどんな部分に潤滑が必要になるのでしょうか?ピアノにおいての、主な接触する2面間を抜き出してみました。

素材としては潤滑剤への耐性ごとに大きく4種類に分けました。

1.金属(ほとんどの潤滑剤が使える)

2.ゴム・プラスチック(使える潤滑剤が限られる)

3.木・クロス(使える潤滑剤がもっと限られる)

4.革(使える潤滑剤がかなり限られる)

潤滑剤は基本的に金属の潤滑を目的としているため、ほとんどの潤滑剤は金属に使用できます。

潤滑剤に含まれている溶剤がゴムやプラスチックを溶かしてしまうため、それらが接触する部位にはその心配が無い潤滑剤を選ぶ必要があります。油分を吸い込んで変質しやすい木・クロスは使える潤滑剤がさらにシビアになります。質感が重要な革に至ってはほとんどの潤滑剤がNGです。

改めて見るとピアノには基本的に可動部分に金属同士の接触面はほとんど無く、どの接触面にも木やクロス、プラスチックなどが接することになります。そもそもほとんどの接触面が同じ素材同士ですら無いので、このことがピアノの潤滑剤選びをさらに難しくしています。

潤滑剤の種類

潤滑剤とは基本的に、ベースとなるオイルに性能を高めるための添加剤を配合したものです。

一般的に手に入りやすい潤滑剤は、ざっくりとこの3種類のモノが多いです。

・鉱物油系
いわゆる普通の潤滑剤。金属用で防錆剤入りの物も多い。つかわれている溶剤がゴム・プラスチックを溶かしたり、木・クロスを痛めるので用途は限られる。

・シリコーン系
シリコーンオイル(ケイ素樹脂)が主成分。
オイルのため染み込みやすく、木・クロスにも使えるとされてものも多いが、素材に若干の影響はある。

・テフロン(PTFE)系
フッ素樹脂(“テフロン”と言う名称は登録商標)からできた固体潤滑剤。
乾性のため、革も含め使う素材を選ばない。

商品によって、オイルの種類や使われている添加剤の種類や組み合わせはさまざまで、それによって細かく使える素材や性能が変わります。また、鉱物油系でもフッ素樹脂が配合されていたり、フッ素樹脂でもスプレー形状で噴射できるもの、粉状のものなどパッケージも多岐に渡ります。

「粘度」と言う要素

潤滑剤を選ぶときの重要な要素に、「粘度」があります。

サラサラで粘度が低いと抵抗が少なくスムーズですが、潤滑の効果時間は短くなります。

逆にドロドロで粘度が高いと効果は長持ちしますが、抵抗が大きくなり動作不良やエネルギーロスが生まれます。

ピアノのタッチに関わる部分には特別な効果を狙うので無い限り、基本的には抵抗が少ない粘度の低いものを選ぶことになると思います。

実際に潤滑剤を購入して比較してみた

それぞれの潤滑剤は実際にどのように違いがあるのか、比較してみました。

・鉱物油系
・シリコーンオイル系
・シリコーングリース系
・テフロン系

同じ会社のもので比較したいこと、成分表記などがある程度統一されて明示されていることから、ラインナップの多いKURE社の製品での比較です。


【鉱物油系】5-56 無香性

滑り具合:7
粘度:中

滑りはじめは重めだが、一度動き出すとどこまでも滑っていく。トロッとしたオイルの感触。

拭き取り後の滑り:5(-2)


【シリコーンオイル系】スーパーシリコンスプレー

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