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専門家が放つ言葉は呪いになるかもしれない

その日の仕事は、2件のはじめて伺うお客さま宅でのピアノの調律でした。(タイトルと書き出しが怪談みたいですね。怖くないのでご安心を)

1台目、午前中のピアノの記録を見ると、2年前まで同じ方が毎年調律に来ていました。その都度「特に問題は無いですよ」と言われていたそうで、お客さまも安心していました。

午後のピアノは9年前に引っ越しと一緒に調律もしてもらったパターン。点検した調律師に「内部がだいぶ傷んでますね」と言われたとのことで、ずっと気にされていてのご依頼。

話だけ聞くとコンディションが全く違いそうな2台のピアノ。結果的にはなんと…どちらもほぼ同じような状態でした。

そのピアノを表す言葉として適切か

さすがに音の狂い具合だけは2年と9年を比べると結構違いがありましたが、長年調整をしていないと起こりやすいタッチの違和感や、よくある細かい故障も2台ともちょうど同じくらいのレベル。そうなると同じような内容の作業になり、金額も同じくらいでした。

もちろんそれぞれの文脈を知らないので勝手なことも言えないのですが…実際のピアノのコンディションに対して午前のピアノは「確かにとりあえず弾くことはできる。でも〈問題ない〉で括って、もっと良くできるチャンスを捨ててしまうのはもったいないよなあ」と言う感じで、お客さまにも作業後「こんなに変わるんですね!」と喜んで頂けました。

午後のピアノには「いくつかの問題点はあるけど、これらをまとめて〈傷んでる〉と表現するのはあまりに乱暴では」と感じました。

何気なく言った言葉もずっと残る

お客さまは調律師が話したことを、思った以上にしっかり覚えてくれているんだなと感じることがよくあります。

何十年も前に「湿気に気をつけてください」と言われたことで、そのあと環境が変わっても逆に乾燥させすぎてしまっていたり、「このランクのピアノだとこんなもんです」と言われて諦めていたり。逆に最初に「良いピアノですね」と言われたことをずっと覚えていてピアノを大切にされていたり。

ポジティブな言葉も気をつけたい

漫画『呪術廻戦』


タイトル通り〈呪い〉がテーマの作品です。色々な呪いの形がありますが、作中では他者に対する「言葉」を一番の呪いと捉えているように感じます。わかりやすく悪意のある言葉よりも、他者を思いやったり何かを託したりする、一見ポジティブな言葉が強い呪いとして描かれています。その言葉を受けたほうからするとそれが原動力になることもあれば、それによって動けなくなったり、悪の道に進むきっかけになったり、自己を犠牲にしてしまうことにも繋がったり。

良くも悪くも他者を縛ることになる、言葉と言う呪い。

「ピアノをたくさん弾いてくださいね」と言う、ポジティブな言葉さえもある種の呪いになってしまうのかもしれません。

そんなことばかり考えすぎても何も言えなくなってしまうんですけどね。でも専門家である以上「ピアノのことで発した言葉は呪いになり得る」と言うことを肝に銘じて、表現に気をつけていきたいです。

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