祖母の遺品整理をした話

先日、祖母が急逝した。

時勢を考慮して、近所の親戚だけしか集まらない簡単な式を執り行った。式については特に掘り下げない。故人についても。

服用したばかりの薬の副作用で健康状態を損ね、飲食もままならなかった私は、式に先駆けて実家に戻ることにした。そこで目にしたのは、実家の隣の祖母の家で大量の有象無象をゴミ袋に詰める母と伯父の兄妹である。

伯父と父は仲が悪く、弟はただただクソ野郎なので何も手伝わない。他に若い親族はいない。兄妹二人にはあんまり大きい家と多すぎるゴミの山を見て、手伝いましょうと名乗りを上げた。

祖母は何でもとっておく人だった。
一生分ぐらいのレジ袋を見た。
割りばしの山を見た。
お中元のそうめんは、賞味期限が2015年ぐらいのものから全部そろっていた。
洗剤を買うたびについてきたのであろう計量スプーンが大量に入ったバケツを見たときは、思わず伯父と引き笑いしてしまった。
そんな諸々を三人で容赦なくゴミ袋に詰めていった。蔵書は古本屋に引き取ってもらおうと、まとめて段ボールに入れていった。死人に口なしとはよく言ったものである。死んだら何も残せないし、残らないのだ。薬の副作用で常に希死念慮に襲われていた私は、死んだらちゃんと丸ごとこの世から消えてしまうことを確認できてなんだか少し安心さえした。それに、人の明らかに不要なものをドンドン捨てるのは少し楽しくもあった。

謎の置物やお菓子の入っていたような箱の山が消えた後は、ひたすら掃除をした。掃除の習慣がどう見たってなかった割には、ほうきやはたき、貰い物であろう未使用のタオル、ボロボロで風化した袋に入ったまんまの新品の洗剤がいくつもあったので掃除には困らなかった。
掃除機は大人に任せ、私ははたきと雑巾で掃除をした。
ゴミ袋いっぱいに入ったタオルを拾い上げてホコリと土だらけの床やとびらを拭き、拭いた後は洗わずゴミ袋に戻した。
四角いところを四角く掃けて、スリッパのラックなんかの隙間にもするっと入ってホコリを取ってくれるのではたきは便利だった。
少し綺麗にすると全部綺麗にしてしまいたくなって、脚立(これもホコリまみれだった)を持ち出して玄関とびらのガラスを拭き、カビだらけの洗面所をハイターで漂白し、伯父の生活空間まで綺麗にした。故人の物品の始末に忙殺され、生きている人の生活がそぞろになるようでは本末転倒のように感じたというのもある。
「あんな洗面所では病気になってしまいますよ。カビキラーがたくさん出てきたでしょう、あれを黒カビに噴射しておいて水で流せば多少は綺麗になりますから、定期的に使ってくださいね」
と、自分がうっすらと希死念慮を抱えていることを棚に上げて伯父に言った。伯父は
「今度時間ができたらまとめて掃除してみるよ、ありがとな」
と言ってくれた。

現金や価値のあるものはほとんど出てこなかった。
そのくせ二千円札は数枚出てきたのがいかにもである。
母が
「掃除のお礼に二千円札、いる?」
と聞くので、
「いらない」
と返すと、
「じゃあこれしかないわ。少なくてごめんね」
と五百円玉二枚を財布に入れてくれた。
ホコリを吸うと体調を崩して掃除ができないのだと繰り返し言って実家でゲームをしていた弟は、定期的にホコリの舞う祖母宅に「金目のもんなんもなさそー!そのボロいテレカの山、俺が鑑定してやろうか?」などと冷やかしにきてめちゃくちゃ邪魔だった。こいつにもハイターをぶっかけたら多少綺麗にならないだろうか。

祖母の家からは五百円玉二枚のほか、『銃・病原菌・鉄』上下巻、タオル、電子レンジクリーナーなるウェットティッシュのようなものを持ち帰った。タオルは三枚の雑巾にした。

最近は投薬量を減らし、希死念慮に襲われることも食欲が消えることもなく安寧な生活を送っている。
ちょっとした仕事の休憩時間を気分転換に家事にあてているのだが、ここで祖母宅で培った掃除の意識と掃除道具が活用されている。雑巾がたくさんあるので、洗面台もキッチンも常に濡れていない状態に保てる。今朝は電子レンジクリーナーを試してみた。伯父ももしかしたら洗面所を綺麗にしている頃かもしれない。

死んだら何も残らないわけでもないなと思った。

話す相手もいないので、せめてここに残しておく。

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