ネットで出会えた「すてきなひと」を思い返す
インターネットで知り合った人と会うことは未だに推奨されていない世の中だと思います。(以下、インターネットは、ネットと省略します)
隣近所に住んでいる人ですら警戒するようになった現代社会では、顔も名前も知らぬネット上に存在する人物をどうして信用できようか、という意見が優勢になるのも不思議ではありません。だまそう、と積極的になっている人に対して、ある意味で私たちは無力だと思います。
そうはいっても。
個人的な経験からいうと、私はとても幸運なことに、ネットで仲良くなって実際に会った人々の多くがとても素敵なひとたちでした。
けれど、今でも継続して連絡をとれているのはほんのわずかです。
連絡がとれなくなってしまったひとたちに、またいつか、どこかで、出会えたらいいなとずっと思い続けています。……あこがれをこじらせたとも言えなくもないかもしれませんね。
念のため、ネットで知り合ったからと言って、必ずしも安全だとも危険だとも主張したいわけではないことを先に断っておきます。
出会えてよかった、と私が未だに思い出してしまうすてきなひとについて書いていきたいと思います。
ずっとだれかに伝えたくて、でもだれにも話せなかったひと。
私がネットで知り合ってから、初めて実際にお会いしたひとのことを。
彼女がいなければ、私はすてきな出会いだったなあと振り返れなかった。
私のネット遍歴
ネットとの出会いは小学生の頃でした。家にパソコンがあったので、父から使い方を少しずつ習って覚えていたような気がします。学校の授業でどう教わったかは記憶の彼方です。
自分の文章をネット上にアップロードし始めたのは中学生の頃だったと思います。とてもつたないもので、しかしどうしてか未だに私のパソコンにはその小説という文章のかたまりが残っており、怖くて見る気にも、今更捨てる気にもなれない代物が現実として存在しています。
閑話休題。
さて、私は高校生の時にとある作品にハマってから熱心に作品を投稿し、ネット上での交流を深めていきました。
いわゆる二次創作物と呼ばれる、アニメや漫画、小説を元に一個人のファンがつくった小説、漫画、イラストなどの作品のことです。
当時はブログなりホームページなりで、非公式ファンサイトなるものを作り、そこで作品を出していくのが主流だったかと思います。関連用語を挙げるなら、検索避け、WEB拍手(今でいうマシュマロ)、掲示板、WEBリング、ほかにもいろいろあったような気がします。
ネットを通じて仲良くなる
友人を作ろうと思ってネットを始めたわけではありませんでした。
偶然、ネット上で好きな作品を通じて、なんとはなしに親しくなっていく……そんな感じだったと思います。
ちなみに、当時のファンによるやりとり。(ざっくりです)
・某掲示板で好きなものを語る
・非公式ファンサイトにある作品への感想を、WEB拍手やメッセージフォームで送る
・好きなカップリング(いわゆる恋愛モノでいう、ヒーローとヒロインの組み合わせ・コンビみたいなもの)の解釈を非公式ファンによるブログなり作品なり後書きなりで語る
……あんまり今と変わらないかもしれないですね。
あくまでも私が知るかぎりの、非公式ファンサイトで行われていたことの一例です。
Twitter、pixivなどのSNSの普及で当時よりも気軽に、簡単に、やりとりができるようになったかもしれません。
ちなみに当時は、ですけれど、仲良くなっていくと非公式ファンサイトのホームページでの拍手フォームやメッセージフォームを介さず、自分のメールアドレスでやりとりをするようになっていく感じでした。
それが主流だったかはわかりません。
WEB拍手やメッセージフォームでのやりとりは文字数制限があったり、手間がかかったりと不便なところもありました。だから、直接自分のメールアドレスを交換するようになるのも、そこまで不思議ではなかったといえます。
初めてネットを通じてオフで会ったひと
当時の私がネットを通じて仲良くやりとりさせていただいた方はありがたいことに何人かいたのですが、その中で実際に会った方はごくごくわずかです。
初めてオフラインで会った彼女のことを、仮に、Aさんと呼びます。
Aさんは、有料ホームページをきちんとレンタルしているひとでした。
当時、有料ホームページを運営していた人は珍しかったのでよく覚えています。今現在、その認識が主流かどうかわからないのですが。
ちなみに私はアルバイトもしていないしがない高校生だったので、無料ホームページをレンタルしていました。
Aさんと会うことになったきっかけは覚えていないのですが、理由だけは覚えています。彼女と私の住んでいる地域が思いのほか近かったからです。
どうして会う流れになったのか、その辺すらも思い出せないのですが、実際に会ってオタク語りをしてみたいね、じゃあ会ってみよう!となったのだと思います。たぶん。
当時の感覚から言っても、実際に顔も実名も知らないネット上で知り合った相手と会うのは相当勇気がいったと思います。いくらメールでやりとりした共通の趣味を持つ仲良い人であるとはいえ。
今の私ですら、「よく会うって決めたな……警戒心とかなかったのかな?」と思わないでもありません。結果的には会ってよかった!って話ではあるのですが。
オフにて初顔合わせ
Aさんと駅で待ち合わせて会うことになりました。
時間は11時とかだった気がします。一緒にランチを食べることになりました。
正直、初めて会ったときの彼女を、すてきなおねえさんだと思いました。
「ランチどこがいいかな? なにが食べたい?」と聞かれてまごまごしている私に、「じゃあ、私のおすすめのところにしちゃうね」と颯爽と案内されました。
待ち合わせた場所は彼女の住んでいる地域ではなかったのですが、彼女は私よりも私の住んでいる地域に詳しいようでした。「仕事の関係上、利用することが多いから」と言っていました。
ランチを食べながら、いったい何をどう話したのか全く思い出せません。
お互いネット上にあげられている作品の話、好きなカップリングの話……直接顔合わせする前からネット上ではやりとりしていました。ですが、初めて直接会って話すということで、過度に緊張していた覚えがあります。話した内容の細かいところは見事なまでにすっぽり抜けてます。
ランチを食べ終え、代金を支払う段になり、「大人だから」とすっぱり言い切られ、まごまごしているうちにおごられてしまいました。
自分が会う大人というのは、自分の親か、友人の親。学校の先生や学区外活動における大人くらいだったので、余計に驚いた覚えがあります。
彼女に連れて行ってもらったお店の不思議な内装、ゆったりとした時間。
――そのお店の付近を通りがかるたびに思い出して、少しだけせつない気持ちになります。
Aさんとの交流
直接会ったあとも、もちろんAさんとの交流は続いていました。
彼女が作品を出せば私は勢い込んで感想をメールし、私が作品を出すと感想をいただき……作品を出すことで好きなカップリング談義を、メールのやりとりを中心にして話していました。
もちろん何度か会ってお話もしました。
そして正確に記すのであれば、ほとんど彼女が会う機会を作ってくれて、どこか遠くへ行く場合には彼女の車で連れて行ってもらっていたように記憶しています。
彼女のお気に入りの本屋さんがあると県を跨いで案内してもらったり、都内のイベントで待ち合わせしたり。公式とされる原作漫画が映画化した際には一緒に映画館へ行きました。
とても楽しかった。
その一言に尽きます。
Aさんは、彼女は、お話するのが上手なひとだったと思います。きっと私のつたない会話にも合わせてくれていたのだとも。
彼女といるときに、嫌だなあとか、楽しくないなあと思うことがまったくありませんでした。違和感すらも。
お互いに好きな話しかしていないから、不快になることがないだけでは?と思われるかもしれません。彼女がどう思っていたか本当のところはわかりませんが、私にとってはそうではありませんでした。
ネット上でのもめ事
ネット上で同じ好きなものを愛好するオタク同士が全員が全員、仲良くなれるわけではありません。現実世界でもそうなのですから、今も昔も変わらず、仲良くできることもあればそうではないこともあります。
好きなカップリングは同じなのに、話の内容の好みというあくまでも個々人の好みから、もめ事に発展してしまったことがあります。
忘れもしません。
とはいえ、ここで書くにはなかなか込み入っているので、いつかnoteに別記事として書きたいと思っています。
結果だけ大雑把に言います。
そのもめ事はきれいに解決したかと言われると、そうではありませんでした。
腸煮えくり返っているひともいなかったわけではないでしょう。傷つけられたり、かなしい思いをしたひともいました。憎たらしいと思ったひとを追いやることができて歓喜したひともいたのじゃないかと思っています。
……みな、思うところがあったけれども、世間的な大人の対応として、言いたいことはあるが、まるっと呑み下してなかったことにした、という結末だったと思います。
世間知らずにも中途半端に首を突っ込んでしまった私は、Aさんを通じて当時のとりまく状況を知りました。現実の大人に相談するわけにもいかず、どうしたらいいかと彼女に全面的に頼ってしまうことになりました。
返す返すもありがたいことだなと思ったのは、とりまいていた状況に対してAさんがきわめて冷静に、そして俯瞰的に状況を見つめて、対処しようとしてくれていたことでした。決して感情的にならず、安易な共感を持ち出さず、どうしたらこの状況に対峙できるかを一緒に考えてくれました。
もしかしたら、Aさん自身も巻き込まれてしまった当時の状況に心底困惑していたのかもしれません。けれど、私に対してそういった部分はほとんど見せなかった。「困っちゃうね」とは口では言っても、本来あったろう葛藤を私には明かさずにいてくれました。
この彼女の大人な対応に、未だに私は感謝してもしきれないと思っています。
Aさんについて
Aさんはおそらく10歳以上離れている年上の方でした。
正確な年齢は知りません。オタクのいいところって、年齢知らなくても「好き」が共有できていれば関係ないっていいところだなと思っています。
Aさんが初めてお気に入りの本屋さんに連れて行ってくれたとき、「ここはね」と話しだす声はやわらかかった。
「これ、仕事で作ったの」とすてきな写真を見せてくれました。
少し離れたところから「見て見て、こっちにね!」と呼んでくれる声がとてもかわいらしかった。
「これ、すてきなんだよ~」と目を輝かせて教えてくれるときの表情。
たまたま運転してくれている車が渋滞に巻き込まれたとき、「困っちゃうよねえ」と眉尻を下げて残念そうな表情を浮かべていました。
「オフ本作っちゃった」と少し照れたように言って、販売する前の冊子を見せてくれました。
おだやかなひとで、ときどき年下の私から見てもかわいらしい反応をする、とてもとても魅力的なひとでした。やさしいひとでした。
直接会って話す内容は、もちろんオタクなので、好きなカップリングの話が中心でした。でも、それだけというわけでもありませんでした。
私自身は自分の話をどこまでしたのか覚えていないのですが、私はAさんがしてくれた話をなんとなくですが覚えています。自身のお仕事の内容、実は久しぶりにオタクとして舞い戻ってきたこと、いろいろ。
下にキョウダイがいると言っていました。だからこそ私にもすごくやさしく接してくれていたし、私はたぶん自分でも思っている以上に彼女のやさしさに甘えていたと思います。
同じオタク仲間ではありましたし、萌えという活力に対してきっと同じ立場で接してくれてもいましたが、それでも彼女はやっぱり、私にとてもやさしかったと思います。
Aさんから教わったこと
いつの頃だったでしょうか。
「どうしてこんなにやさしいんですか」
当時の私は無知で、世間知らずで、生意気にもこんな質問をしました。
彼女からおごってもらったこと、わざわざ自家用車を出して遠くへ連れて行ってくれたこと、彼女の好きなもの・知っているすてきなものを教えてくれたこと。
私は自分の好きなことを好きなように作品として表現すること、彼女にしてもらったことにお礼を言うこと、彼女のすてきな作品の感想を伝えること、それくらいしかできませんでした。
いつも、どうしてこの人はこんなにやさしくしてくれるんだろうと不思議に思っていました。
返せるものなんてあんまりないのに。そう、思っていました。
「自分もこのオタクの世界に入ったときにやさしくしてもらったから、かなぁ。だから、あなたも、自分の後輩ができたとき、そのときにやさしくして。今じゃなくていい。未来の後輩ちゃんにそうしてくれればいい」
正確にはこういう言い方じゃなかったかもしれません。でも、そういったような趣旨のことでした。おだやかな口調で、そう語った彼女の横顔が忘れられません。
Aさんがやさしくしてくれたことで、私が未来のオタクの後輩ちゃんにやさしくできれば、その連鎖はつながっていく。やさしくされたらやさしくしたくなるでしょう?と。
すてきなものを教えてくれた彼女の在り方もですが、彼女自身がすてきな人柄だったからこそ、私はいろいろと教えてもらったような気がしています。
Aさんとのお別れ
それでも実際、Aさんと会った回数は少なくて、たぶん10回にも満たなかったと思います。
ネット上でのやりとりが中心で、会うことが少なかった。
気軽に遊べるような距離に住んでいるわけでもなければ、そもそも高校生と社会人で時間が合うはずもありませんでした。
彼女とやりとりをし始めて3、4年くらい経った頃だったかと思います。彼女から連絡がありました。
「萌えもオタク活動も少し遠ざかりすぎてしまったので、ホームページをたたむことにした」と。
継続して有料ホームページをレンタルしていたので、更新の途絶えたホームページを残しておくのも忍びなかったと言っていたように思います。更新がないのに訪問者数のカウンターは回り続けている。それは作品を出す上でもほんの少し、プレッシャーに繋がっていたのかもしれません。
実は、もめ事があった後、私たちの好きなカップリングというジャンルでは非公式ファンサイトが少しずつ閉鎖したり、更新が途絶えたりというのが増えていっていたので、彼女がホームページを閉鎖することはなんの不思議もありませんでした。
ちなみに彼女が有料ホームページを解約するということは、彼女のメールアドレスがなくなるということと同義でした。――私が知っていたのは、彼女の有料ホームページに付随するメールアドレスだったので。
私自身も萌えや作品を定期的に書く熱意が落ち着いていてしまった時期だったので、特に彼女を引き留めることなく、連絡先も聞かずにお別れのメールだけした……ような気がします。たぶん。美化してはないと思う。おそらく。
Aさんとは、そんな風にお別れしたのでした。
最後に
こんな風にAさんのことを書こうと思ったのは、Twitterで見かけたツイートがきっかけです。
私はあのとき高校生で、それでもやっぱり無知で世間知らずで。
そんな私にやさしく接してくれたAさんのことを、だれかに知ってほしいと思ったから、今回、思い返しながら書いてみました。
リアルでわざわざ話すようなことでもないし、まして年月の経ったこの話をどう説明していいのかもわからない。けれど、こんなことがあったのだと、私の個人的な経験をずっとだれかに語りたかった。
Aさんがお元気にしていたらいいなあ、またどこかでいつかお会いできたらお礼申し上げたいなあと思う気持ちでいっぱいです。10年以上経った今でもそう思っています。
もしもあの頃に、Aさんと直接会わなかったとしても、私のオタク活動はきっとなんら変わることなく充実していたかもしれません。けれど、私はAさんと出会えたことで私の活動範囲は少しずつ広がっていったのだなと思っています。……もともと外出するのに躊躇いがあった自分にとっては、彼女が外に出るきっかけを広げてくれたので。
彼女とのすてきな出会いがなければ。すてきな出会いだったと、私がこのときに思えていなければ。
私はインターネットでやりとりした人たちと実際にまた会おうと思えなくなっていたろうし、だからこそ最初にいっとうやさしく接してくれた彼女には感謝してもしきれないなあと思うのです。
未だに私はオタクですし、文字書きの端くれです。
そこそこにオタク活動をしているので、そこそこにネット上での人間関係もあります。
彼女が「いつか未来の後輩にやさしくしてあげて」という一言を、実際に行なえているのかはわかりません。
自分より年下の子を見かけると、この子大丈夫かな、平気かなと心配に駆られて、お節介してしまうことがあります。彼女のように格好よくやりとりできる気がしません。彼女の年齢に達したときに、自分ができている気もしません。おだやかですてきな先輩にはなれそうにないです……残念ながら。
ただ、自分より若いオタクの子が、嫌な経験ばかりじゃなくてすてきだな、よかったなと思えることがあるといいなあと思っています。
以上が、私のAさんに関する思い出語りです。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
読んでいただいた方に、Aさんがすてきなひとだったってことが伝わるといいなあ。
遠雷の音と秋の虫の声を聞きながら
読んでくださりありがとうございます。もし少しでも<また読みたい>と思っていただけたなら、気が向いたときにサポートいただけるとうれしいです。