鈴を持つ者たちの音色 第七話 ”α”-ゴールド②
WA(輪)とGA(我)はクライミングに関しては超素人でクライミングシューズも、手に付ける滑り止めチョークの粉を入れるチョークバッグもはじめてだった。
WA(輪):「靴ちっちゃくね?大きめのサイズにしたけど、クライミングシューズって間違って乾燥機にかけちゃって縮んだ服みたいに、何でこんなに窮屈なんだろう。永遠にちっちゃい感覚だね。」
GA(我):「うーん。そうだね。足の指一本まで踏ん張りが効いて、救われる事もありますから、ピッタリした靴になっているんでしょうね。あと、このチョークの粉、何でこんなのが滑り止めになるんでしょう?不思議です。」
WA(輪):「それは知ってる。炭酸マグネシウムが手から出る汗を吸い取ってくれるんだ。炭酸マグネシウムは吸水性に優れているから。だから滑り止めになる。」
GA(我):「おっ。さすが博学多識。知ってますねぇ。」
WA(輪):「長期戦になる。食料も持っていくから、その分も重くなる。」
GA(我):「軽くする為に食料分の重さを省けばエネルギー補給が出来なくなり、登る力も失う。」
WA(輪):「どちらを選んでも厳しいな。」
GA(我):「上へ登れば登るほど食料は消費し、減っていくから徐々に荷物は軽くなりますけど、一回に食べる量、飲む量、そして全体の距離と、かかる日数を試算しないと、こりゃやられちゃいますねぇ。」
WA(輪):「その通り。それじゃ準備はいい?いくよっ。」
壁は真下から見た感じは、ただの直立した登りやすそうな壁に見えた。
問題は距離だ。
一体どのぐらいの高さがあるのだろう?
WA(輪)は壁を正面に見て右側。
GA(我)は逆の左側をそれぞれお互い3メートルぐらいの程よい距離を取って登りはじめた。
その距離が会話もでき、お互い邪魔にならない範囲だ。
登ってやはり気がつく。素人登りだ。
直ぐに疲れる。。
初体験だというのもあり、ふたりは緊張で、ただ無心に登った。
腕だけで登ると直ぐに腕が疲労する。
なるべく、いや、しっかりと、下半身の大きな筋肉を使って登るのが理想だ。
しかし、どうしても腕だけの力で登ってしまう。
5メートルも登っただろうか。疲れて休憩する。
休憩といっても宙ぶらりんだ。ロープにカラビナを付け岩の上でぶら下がっているだけ。
WA(輪):「ねぇ。これって進んでいる?」
GA(我):「大丈夫です。ちゃんと進んでいますよ。上手です。」
WA(輪):「壁、壁、と巡回員ゴールドが言うから壁と思っていたけど、こうして登ってみると、これは、全然岩場じゃ無い?」
GA(我):「全然岩場です。むしろ岩山とでも言い換えてもいい。初心者向きじゃないよね。ハード過ぎる。」
WA(輪):「ここへくる時に巡回員ゴールドが言ってたけど、巡回員ゴールドはクライミング経験豊富なんだって。だから好んで私たちをこの場所へ連れて来たんだわ。私たちの辛さも目に見えて分かっているはず。酷いわ!」
GA(我):「だからかぁ。壁を目の前にして、”今日のコンディションなら、まぁそこそこ大丈夫だろー”とか言ってたものね。
クライミングやってる人は壁のような岩山のことをウォールマウンテンと言うらしい。だから巡回員ゴールドはこの場所を”壁”と呼ぶんだよ。きっと。」
WA(輪):「そうなんだぁ。しかし、女性にはこの過酷さはキツイっちゃ。」
GA(我):「日本じゃ女性の方が人気あって経験者も多いそうだよ。」
WA(輪):「げげ。物好きもいるもんだね?私もこれを機にクライミングに目覚めたりして。」
GA(我):「うん。それも良いんじゃない?もし頂上まで登れたら目覚める率高いよ。」
壁には予め等間隔に細いワイヤーが張られていて通常のクライミングの様にボルトを打ち込みロープを通して進んで行くような作業はなかった。
しかし、危険性は有る。カラビナをワイヤーへ通す時に誤って空かしたりすると、転落する。
登る度に腕の、指の感覚が鈍くなっていくのが分かる。カラビナを取り付けるのにも一苦労だ。
”グランドライン”にいるかぎり天気は存在しない。しかし、おかしい。上空を見ると霧がかかっているように見える。
GA(我):「上空の方、見えます?なんだか曇ったように見えます。」
ふたりはそのまま登り続けている。
GA(我)は不安だったが、WA(輪)の全く気にしない様子に後押しされ、無心で登り続けた。
WA(輪):「んなわけねぇべよ。変なこと言うな!気がそれる!身体中が悲鳴あげてんだ。頭ぐらいまともにさせろ。」
GA(我):「ほんとですよー。少しぐらい顔をあげて見てください。どう見ても間違いないですから。。およよ。何か来るっ。気をつけろ!」
風?まさか。
”グランドライン”では風も吹くことは無い。
ヒューヒューシューシュー
WA(輪):「なんだなんだ、なんだ。頭の上?で風が?吹いているぞ。」
GA(我):「霧か雲かと思っていたけど何だか違うみたいですね。」
風が吹き、通り過ぎたと思って振り返ると、ゆっくりと舞い降りてくる黒い羽を確認した。
WA(輪):「これは。、なになになになにー?」
GA(我):「しっかりカラビナ付けて備えて下さいよー。第一波きますよ!!」
身構えると”それ”はやってきた。
頭の上や背中ぎりぎりを声を張りあげ羽を上下にバサバサと振り上げ威嚇する。
霧か雲かと思っていたものは大軍の海鳥だった。
陽があたらない存在しない”グランドライン”にいるせいか、元々真っ白な羽をしていただろう海鳥は退化し、黒々としたカラスのような見た目をしていた。
バッサ、バッサ、ギャーグゥワァ、ギャーグゥワァ、
鳥とはこんなにも声を荒げて叫ぶものだったか?格闘家が威圧をかけて叫んでくるように、この海鳥も完全に格闘体制だ。
WA(輪):「きゃーぁ。私ぃ、鳥苦手なのよー。あの生々しい脚がイヤー。あっち行って!私が何したっていうのよーぉ。」
GA(我):「それにしてもすごい数だ。数百羽はいる。この”グランドライン”にこれだけの数の海鳥がいたなんて!驚いた。どうやってここまで増えたのだろう。疑問は尽きない。
それに身体もでかい。通常の大きさの2倍以上はある。」
逃げたくともロープで身体を縛っている為動けない。あまり大きく身体を揺さぶると岩場に打ち込んだワイヤーも外れる心配もある。
何百羽のでかい海鳥は容赦なく威嚇してくる。
WA(輪):「どーしよーぉ。」
GA(我):「‥なるほどー。うんうん。よーく、落ち着いて観察してごらん。僕らをあんなに大きな声と動作で威嚇してくるけど、実際はどう?僕らを蹴落としたりはしない。あんなにでかい海鳥だ。僕らを蹴落とそうとすれば、いつでも蹴落とせる。なのにしない。」
WA(輪):「‥言われてみれば、そうねぇ。‥身体ギリギリまでは寄ってくるけど、身体には触れない。。でも!なんでなのよー。」
GA(我):「だから多分大丈夫。見ぬふりはできないでしょうが、あまり意識しないで登って見ましょう。」
WA(輪):「うん。やってみる。」
ふたりは少しずつ再度登りはじめた。
ふたりがまた登り始めたのを海鳥も見ていた。
海鳥は一旦引く。。
WA(輪):「あれっ?海鳥が知らない間に姿が見えなくなった。さっきの襲来は何だったんだろう。でも、よかったぁ。」
GA(我):「よかったぁー、か。。なんだか気になるなぁ。。集団的いきものって、こんな時、どこか見えない所で集まって作戦立ててるんだよなぁ。大抵。。作戦を立てるってことは、こりゃまだ終わらないぞ。
おーいっ。
WA(輪)よーぉ。
気をつけろー。第ニ波がくるぞーぉ。
それもさっきと違う。
”作戦付き”だーぁ。」
WA(輪):「ぁあー?作戦付き?って言ったぁ?今。何だあ?それ。っていうか、脅すなっ!鳥なんて、いねーんだから。」
GA(我):「もう!言うこときけよー。ほらっ!来たぞ!!」
ふたりが登るのをやめなかったのに怒ったのか。
海鳥はまたやってきた。
それも、フォーメーションを携えて。
WA(輪):「なぁにぃ。アレ。鳥たちが一列にきれいにまっすぐに並んで、こちらに近づいてくる。」
GA(我):「あれは!ヤバいぞ!」
一列にフォーメーションを組んだ海鳥の列が何隊にも編成され、戦闘機のように滑降して向かってくるっ。
GA(我)は咄嗟にカラビナを外し、WA(輪)の方へ移動する。と、同時に第一滑降隊がふたりめがけて攻撃してきた。
GA(我)がWA(輪)の身体を掴み攻撃から身を交わす。
「ガチヂーン!!」と第一滑降隊の攻撃が岩場に穴をあけた。第一滑降隊は5羽で列をなしていた。攻撃の仕方は、この5羽が縦一列にまっすぐに並んで一本の槍のように次々と順番に嘴で突き刺しにくる。というものであった。
攻撃を間一髪で交わし、5羽の海鳥が岩への衝突で無惨にも壁(ウォール)から真下へ落下していくのをふたりは見えなくなるまで唖然とその模様を見ていた。
GA(我):「まるで神風特攻隊だな。何であんなにも自らの命をかけて、必死に僕らに攻撃を仕掛けてくるんだろう。」
第二滑降隊が旋回するのが見えた。直ぐに滑降してくる。考える余裕もない。
「来たっ!」
第一滑降隊と全く同じ攻撃だ。
GA(我)は僧侶である。今度は袈裟を大きくひるがえしバリアーのように、ふたりの盾とした。
次々と鋭い嘴で袈裟にぶつかっていく。。
なんとか耐え抜いた。ふぅっ、と息をつく。
ぶつかる音が止んだのを確認してGA(我)は袈裟を畳み、海鳥に聞こえるように叫ぶ!
GA(我):「なぜに命を粗末にする?我は今、袈裟で攻撃を交わすことで君らの命を救ったぞ。
先ほどの第一滑降隊の5羽のように、たかが我ら相手に命を失くすのは勿体無い!もっと大事な時のために使えっ。
目の前で命が儚く散る姿を見るのは辛いっ。もう、攻撃をするのはやめろ!僕たちはただ、頂上に辿り着きたい。それだけなのだ。」
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