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らっ子


◇「肥溜めは、あの世とつながってるから、落ちたら、一回死んだゆうことになんねん、せやから、生まれ変わるために、名前を変えなあかんのや」
 戦後の大阪。しきたりに従って、改名した母のそばで、老いた犬のように生きていた9才の娘は、自分も生まれ変わりたい、と、ひとり田んぼへ向かう。三日月を背に、底の見えない肥溜めを覗き込む娘は、はたして生まれ変われるのか。名前とは何か、生とは何かを、孤独な娘の時間を通して考える。◇小説 らっ子(原稿用紙27枚) イラスト こじか手工業
 
 

らっ子


 名を呼ぶ声がする。

 老いた犬みたいに、長いあいだ居間に横たわっていた娘は、その声に目を開いた。蝉はもう鳴いていなかった。古い木造平屋の家のなかは、薄闇に満たされている。互いの顔が見えなくなるまで、電灯を点けてはいけないと、母に言われていたから、娘は、自身の身体の輪郭を闇に溶け込ませるように、ひとりじっと、横たわっていたのだった。母が出て行った昼頃から、そうしていた。途中、娘の三つ上で、小学六年の姉が学校から帰ってきて、どこかへ遊びに出かけたが、その際、娘は姉と何も話さず、寝返りすら打たなかった。毎日が、だいたいそんなふうであった。櫻(さくら)。むくりと起き上がった娘は、姉のお下がりの、ところどころ破れたアッパッパを揺らして、声のするほうへ走る。わたしが、呼ばれてる。玄関の三和土に、黒い影が見える。母だ。しかし、娘は、手で鼻を覆うと、その五歩ほど手前で立ち止まった。

 何してんの、はよ。

 娘は促されるが、動かない。櫻。母が娘の名を呼ぶことは珍しい。が、娘は動けないでいる。明かり点けてんか。命じられた娘は、手で鼻を覆ったまま、そろそろと玄関へ近づき、壁の釦を押した。瞬時に灯る白熱灯。娘はその明るさに目をくらませたが、すぐにまぶたを開いて、正面を見た。そこには、着物をいちじるしく汚し、頭から足の先まで糞尿にまみれた母が、力なく立っていた。

 落ちたんや。青ざめた唇が、言った。

 しばらく二人は対峙していた。娘は鼻を覆ったまま動かない。母は、手にしているはずの野菜を持っていない。少し、泣いているように見えた。

 どこに。

 肥溜め以外、何があんねん。

 母は娘を睨んだ。娘にとって、その眼差しこそ見慣れたものだった。二人は、舞台で照明を浴びるみたいに、暗い家のなか、こうこうと浮かび上がっている。あるいは、ひしめく無数の観客が、暗闇から二人を見つめているのかもしれなかった。蝿が、母の頭にとまる。二匹、三匹。母は、それを払おうともせず、娘を睨んでいる。

 はははは。

 娘は、黙しながら頭のなかで笑った。はははは。頭のなかの自分は、母を指差して、笑っている。阿呆ちゃう、肥溜めに、お、落ちるやなんて。しかしそれは、すでに自分の声ではなく、もう長いあいだ顔を見ていない、近所の子どもたちの声に変わっている。母が、戦前から村の講で借りている金を、いまだ返さないでいるのだと娘に教えた、かれらの声。ガラガラ、と母の背後で、玄関の戸が音を立てた。姉の範子(のりこ)が帰ってきた。ただいま。と、言いさして、娘と同様、手で鼻を覆う。振り向いた母が、範子。と名を呼ぶ。すがりつくような、か細い声である。範子は、物言わぬまま事態を悟ると、あ、あ、あんた、何してんの、はよ、水汲んで持ってきぃやっ。と、先刻の母と同じ目で、娘を睨んだ。水……。娘はつぶやいたものの、突っ立ったままだ。はははは。頭のなかで、声が響いている。範子がサンダルを脱ぎ捨て、廊下に上がった。壁際に寄る娘。桶を手に戻ってきた範子が、母とともに外に出た。バシャッ。戸の向こうで、水を浴びせる音が響く。範子はすぐ家のなかへ戻って水を汲み、また外で、母に水をかけた。娘はぼうっと廊下の壁にもたれながら、その音を聞いていた。大雨みたいやな。とだけ思った。

 しかしその出来事は、娘にとって、印象的であった。肥溜めに落ちないよう、注意をされるのは、ふつう、幼子であって、大人である母が落ちるなんて、考えたこともなかったからだ。汚れた母は、玄関前での行水を終えたあと、風呂屋へ向かった。娘と範子もついていった。風呂屋の主人は顔見知りであったが、なかへ入ってもろたら困る。と、のれんの前で、母にすげなく言いはなった。殺生やわ、殺生やわ。範子が大声で、泣きまねをはじめる。風呂屋は口をつぐんでいたが、電柱の辺りから見物している近所の者たちを一瞥すると、店の裏手にある自分の家の庭でなら、湯を浴びてよいと、渋々許可をした。三人は風呂屋の家へまわった。母は、他人の夜の庭で着物を脱いで、素っ裸になると、塀のそばでかがみ込んだ。二人の娘が風呂屋で汲んできた湯と石鹸を使って、身体を洗う。庭は暗かったが、時間が経つと目が慣れてきて、湯気のなかに浮かび上がる、折れた白い枝のような母の姿が、娘の目に焼きついた。娘はその後も、ふとした折に母のその姿を思い出した。その出来事から幾十年を経た、母の臨終の間際においても、なぜだか、そのことを考えた。

 湯と石鹸で身体を清めた母であったが、その後三日ほど床についた。娘と範子は、そのかん、ほとんど何も食べずに過ごした。家のなかに、ろくなものが無かったからだ。父は相変わらず、どこにいるのか不明で、帰ってこない。範子は学校を休んで母の世話をし、娘は、また、誰にも相手をされない老いた犬になって、居間に転がった。おい、押すなよ。居間の隣にある、台所の窓から声がする。娘が半身を起こして、そちらを見ると、近所の少年たちと目が合った。彼らは、うわっ。と声を上げ、泥棒。と叫んだ。

 お前のおかん、畑で泥棒して、肥溜めへ落ちたんやってな。

 大きな声だった。娘が閉口したままでいると、範子がすっ飛んで来て、お前らどっか行け! と、拳を振り上げ追い払う。あいつらになんか言うたんか。言うてへん。一言だけ返して、ふたたび寝そべった娘の背後で、範子の足音が遠のいていき、襖がぴしゃりと閉まった。畑で泥棒、という言葉は、娘のなかで独楽のように踊り、その軸足が、娘をきりきりと擦った。そうなんか? そうやったんか? 姉ちゃんは知っているんか? 娘は混乱におちいりながら、あれこれ考えを巡らせたが、やがて響いてきた、範子と母の愉しげな笑い声が、そうしたもろもろをどこかへ押し流し、娘の考える気力をも、消し去ってしまった。自分は、範子ではない。娘は、畳のおうとつを眺めながら、当たり前のことを思う。どうして、範子ではないのだろう。いな、範子でなくともかまわない。あの子たちの誰かでもいい。自分以外であれば、それでいいのに、なんでわたしは、櫻なんやろう?
 
 無事に快復した母は、千枝(ちえ)と言う名を、千枝子(ちえこ)に改めることになった。

 肥溜めに落ちた者が、名を改めなければいけないことを、娘は知らなかった。母が落ちてから、二○日くらいして、父が帰ってくると、父と母は、改名について話し合った。娘は、母のいないところで、なんで名前変えるのん。と、父に訊ねてみた。

 肥溜めは、あの世とつながってるから、落ちたら、一回死んだゆうことになんねん、せやから、生まれ変わるために、名前を変えなあかんのや。

 前日の夜に帰ってきたばかりの、ステテコ姿の父は、日本酒を仰ぎながら言った。まだ朝であった。なぜ、肥溜めがあの世とつながるのか、娘にはよくわからなかったが、生まれ変わる、という部分は、わかるような気がした。その日の父は機嫌がよく、範子には内緒やぞ。と、娘にくしゃくしゃの拾圓札を握らせた。父は何の仕事で稼いだのか、珍しく金を持っていて、前日はふぐを持ち帰ったので、娘はいつものように空腹ではなかった。ありがとう。金を受け取る。登校前の範子から、昨日、わたしお父ちゃんに拾圓もろた。と、聞かされていたため、そう嬉しくはなかった。が、公平であることが父の美点であった、と、娘は思い出し、そのことを思い出せたことが、少しだけ嬉しいのだった。

 範子は、居間のちゃぶ台で、学校の習字の道具をひろげ、佃煮の包装紙の裏に、千枝子、と書いた。

 もう父はどこかへ消えていた。ええやない。字を眺めた母は、満更でもない様子である。

 お母ちゃんの頃は、名前に「子」なんてつけられへんかった。
 なんで? 
 高貴なひとにしか、使われへん名前やったからや。
 へぇ。

 範子はつぶやいて、千枝子の左横に、範子、と書いた。わたしとお揃いや。ほんまやな。そんな二人の会話を、寝そべった娘は静かに聞いている。気がつくと、その紙は居間の壁に針で留められていた。誰もいない居間のなか、学校に行かなくなって久しい娘は、その紙の五文字を、家人の誰よりも、長く見ていた。

 櫻子(さくらこ)。

 薄闇のなか、つぶやいてみる。櫻、という名は、娘の生まれた季節にちなんで、死んだ婆さんが付けた。婆さんは、戦時中に生まれた娘を抱いてから、すぐに病で死んだ。娘は、母が自分のことを、婆さんの生まれ変わりである、と信じていることを、知っていた。そのこともまた、近所の者に吹き込まれたのだった。婆さんと娘の生は、重なっていたわけであるから、生まれ変わりなどであるはずがないのに、婆さんと折り合いの悪かった母は、近所の人間にそうからかわれ、信じた。さくらこ、は長いだろうか。娘は考える。じゃあ、読み方を変えて、えいこはどうだろう。千枝子、範子、櫻子。頭のなかで、櫻子の二文字を、紙に書き加えてみる。悪くない。と娘は思う。生まれ変わる、とお父ちゃんは言うた。生まれ変わる。娘は、薄暗い部屋のなか、むくりと起き上がる。生まれ変わる。居間の真んなかに立ち、台所に置かれた、婆さんの水屋箪笥を眺める。生まれ変わることができるやなんて、知らんかった。わたしも、「子」がほしい。わたしも、お揃いになりたい。わたしも、生まれ変わりたい。

 娘は、よろよろと家の外に出た。日の光を浴びるのは、一年ぶりだった。範子と違って、何かの遣いを、母から命じられることすらなかったので、月に二度ほど風呂屋へ行く以外に、出掛けることはなかった。杉板の壁にもたせかけた、錆びた自転車。うどん屋。お地蔵さん。昔遊んだ子の家。陽光の路地にあるものは、娘の記憶とほとんどたがわない。一年も、家のなかにいたことが、信じられなかった。あんた、三善(みよし)さんとこの子かぁ。手拭いをかぶった老婆に呼び止められる。娘は、目を合わさなかった。へん、きったないのう。老婆は毒づいたが、娘は無視をして歩いていった。傷つきなどしなかった。なぜなら、娘の胸は、今から生まれ変わるのだ、という希望に満ちみちていたからだ。

 娘は、母が落ちたという、広い田畑の端にある、肥溜めにたどりついた。

 一見すると、それは井戸のようであったが、臭いがそれを、井戸ではないと示していた。蓋も囲いもない、地表の穴。娘は、その直径が自分の身丈の倍ほどもある、大きな丸い肥溜めを覗き込んだ。が、あまりもの臭気、そして、一瞬のうちに目に入った、屎尿に浮かぶあまたの塊や、見たことのない、翅の生えた芋虫のような虫の集まりに、吐き気を催し、穴から離れた。道にひとり座って、楽になるのを待つ。カランコロン、と缶蹴りをする、知らない子どもたちの群れが、後ろをとおりすぎていく。日が暮れはじめると、乳牛を一頭曳いた初老の男がとおりかかって、こんなとこで一人、何してるんや。と、娘に訊いた。娘は、蚊に刺されたふくらはぎをかきながら、何も答えなかった。男は、話せない人間、という意味の言葉を、柔らかくひとりごちた。牛の目は大きく、睫毛が長く、綺麗だった。ひとりになると、腹がくううと鳴った。暗くなり、蛙の声が響きわたって、立ち上がった娘は、帰ろうと思った。月明かりを頼りに、そろそろと、肥溜めに近づく。覗くだけのつもりだったのに、しかし娘は、ひゃっ。と声を上げ、そのなかに飛び込んでいたのだった。

 目蓋を閉じた娘の身体が、肥溜めに沈んでいく。あまたの人間たちが生み、混ざり合った屎尿が、娘の身体を包み込み、どろどろと鼻や耳に入り込む。頭のてっぺんまで、沈みこんだ娘は、液体のなかでぐえっとえずき、それによって、屎尿をのみこんだ。足のある何かが、口のなかでもぞもぞと動く。もう一度、口を開いて、それを吐きだす。ああ……。底が、底がない。足先が、地の底へ引っ張られていくような気がする。いや。恐い。苦しい。死にたくない。娘は、ばしゃばしゃともがいた。顔が水面へ出、屎尿が入り込んで痛む目に、きれいな三日月が、一瞬だけ映る。娘は、沈みそうになりながら、その月を掴みとるように、手を宙に伸ばした。やがて、肥溜めの縁へたどり着いて、穴の壁に露出した、いくつかの石を頼りに、穴から這い上がった。縁のそばに倒れるようにして横たわる。うげぇっ。屎尿の混ざった胃液を吐き戻し、涙に滲んだ目で空を見上げた娘は、震えながら、ああ、三日月でよかった、と思った。もしあれが、丸い満月であったなら、掴みとることなどできずに、そのまま自分は、地の底へ沈んでしまったのではないかと、思ったのだった。 

 屎尿に汚れた娘は、それで満足だった。これで生まれ変わることができる、と心の底からほっとしたからだ。よろよろと起き上がると、その後、母のように歩いて家へ帰った。だが、肥溜めの水を飲み込んだその身体は、吐き気と悪寒に覆われていて、家の三和土を踏むやいなや、倒れて意識を失った。

 娘は高熱を発し、なかなか目を覚まさなかった。

 もうあかんかも知れません。床にいるあいだ、知らない男が、そう話す声を聞いた。誰やねん。朦朧としながら、娘は思った。断続的に見る夢のなか、娘は、千枝子、範子、に続いて、櫻子、と書き加えられた、居間の紙を見た。ああ、わたし、櫻子になったんや。悟った娘は、手提げに筆箱を詰め、学校に行く準備をはじめる。きっと、みんな自分と話してくれるやろう。だって自分は、もう生まれ変わったのだから。前までの、何も話さない、いつもうつむいている、陰気な子ではなくなったのだから。娘は、玄関で母に、いってらっしゃい。と送り出され、範子と手をつないで、まばゆい朝日のなかへ、踊るように踏み出していく。

 七日後、娘は目を覚ました。父は帰ってきていた。娘は、粥を少し口にしたあと、食器を下げに来た範子に、あんたの名前、さくになるんやって。と聞かされた。

 娘は、櫻子にはならなかった。父はそう提案したのだが、母がうなずかず、結局、「さくら」の「ら」を取ることにしたのだった。

 漢字はそのままだった。戸籍上は何も変わらぬが、通名がさくになり、そう呼ばれるようになった。娘は、自分の大切な名前が、無理やり引きちぎられて、どこかに捨てられてしまったように思い、心が痛かった。まるで、自分の身体の一部が、破れてしまったようにも感じられた。娘は快復してからも小学校へ行かなかった。肥溜めに落ちる前もその後も、やはり、毎日が老いた犬のようだった。母は相変わらず、娘のことなど見えていないかのように過ごし、範子を可愛がり、出自不明の野菜や鶏を持ち帰った。範子は中学に上がると、夜遊びするようになった。父はときおり、海老やら蟹やら、高級品を携えて帰宅すると、一夜だけ妻子の腹を膨らませ、亡霊みたいにすぐどこかへ消えた。

 わたしの「ら」は、どこへ行ったんやろ。

 娘は、薄闇に満たされたひとりきりの居間で、頬に畳のかたをつけながら、幾度もそう思った。晴れの日も雨の日も。気温も季節も飢えも渇きも関係なく、何百回も。 

「子」はどこに消えた。生まれることすらなく、帰っていったんか。

 娘の瞳に、涙がにじむ。

 どこにおるのん。答えて。なぁ、誰か、教えてくれへんか?

「――お母ちゃん、なんて?」

 ……婆ちゃん。お母ちゃん。聞こえるか……。

 声のなか、娘はゆっくり目を開く。ここは、どこや。目に見えるのは、白い壁紙。ああ、これはうちの家の天井か。光っているのは、リモコンで点けたり消したりできる、しーりんぐらいと。ベッドを取り囲んでいるのは、三人の娘、娘婿、それから孫、ひ孫たち。

 夫もいる。

 車椅子に腰掛けた夫が、娘の右肩の辺りから、娘を見下ろしている。七八歳の夫は、数年前に認知症を発症し、いまや妻のことを思い出すことができない。夫は、ぼうっと娘の顔を見ている。どんな感情が宿っているのか、まったく読めない瞳。介護ベッドに臥している娘は、しかしそれを、わびしくは思わない。その瞳の奥には、自分とともに過ごした六○余年を含む、長い時間が、無辺の水田のように広がっていることを、知っているからだ。

 娘は一三歳からふたたび生きた。学校に行くようになり、そこで夫とも会った。

 寒さが遠のいた、春のことだった。小学校の卒業式に出ることもなく、相変わらず、家の居間で横たわっていた娘は、高校入学を控えた範子に、着るんやったら、着たら。と、中学の制服を投げつけられた。紺のセーラーだった。毛布を着ているみたいに、しばらく制服に覆われていた娘は、範子がいなくなると、むくりと起き上がり、それを拾って行李にしまった。そして母も範子もいないときに、こっそり引っ張り出し、袖をとおしてみた。着たらどんな感じやろう。と思ったのだ。姿見を覗くと、不健康そうな、やせっぽちの、枯れ枝みたいな少女が鏡のなかにいた。ああ、これが本物のさくなのだ。と思った。さくは、どんな子なんやろう。娘は、長いあいだ、さくと目を合わせていた。さくは、肥溜めに落ちれば、人生が変わるわけではない、生まれ変われるわけではないということを、知っていた。

 中学行ってみたら……。

 鏡のさくは、娘にささやいた。このままでええん……まあ、行きたないんやったら、それでもええやろうけど……学校へ行かなんだら、死ぬわけやなし……。服を脱ぐとき、スカートのポケットに手を突っ込むと、紙が出てきた。姉が抜き忘れたのであろう、三年生の行事予定が刷られた藁半紙。娘はそこに書かれた漢字の、ほとんどを読めなかった。それは、知らない国の言葉で書かれたもののように思われ、このままでええん。という、さくの言葉が、娘の頭のなかで、ふたたび鳴り響いた。娘は、セーラーを着て、中学の入学式に出た。しかし、群衆に異様な疲れを感じ、次の日から、また行かなくなってしまった。二学期のはじまりの朝、さんざん迷った末に、登校した。やはり気分は悪かった。友達はできなかった。誰も話してくれなかった。授業は何もわからなかった。そうやよな。と思った。面白いことなど、何ひとつなかったが、娘は、次の日も学校に行った。その次の日も。家に帰ると、小学校の教科書を引っ張り出し、行かなくなった三年の単元から勉強するようになった。娘は、もう肥溜めに飛び込む勇気を持ち合わせていなかった。飛び込めと言われても、嫌だった。でも、あのときのことを思い出せば、できないことは、この世に何もないように思えるのだった。娘はもはや、自分が櫻であるのか、さくであるのか、わからなかった。娘は、たくさんの言葉や漢字を、食べるように覚え、二年になる頃には、教科書に書かれている文章をおおよそ理解できるようになり、四則の計算も、使いこなせるようになった。三年になると、ようやく、一緒に弁当を食べる友達がひとりできた。その子の幼なじみが、今車椅子に座っている夫なのだった。彼女とは、中学を出ると会わなくなったが、娘と夫は同じ高校に入ったのち、付き合いはじめ、やがて結婚した。女の子を三人授かった。娘はパートに出、役所勤めの夫と資金を貯めて、夫の実家を建て替えた。一部残っていた母の借金は、範子と分担して返済した。父はいなかった。父は娘が二○歳のとき病に臥し、鬼籍に入っていた。

 愛されへんで、愛すっちゅうんは、すごいことですね?

 若い夫の声を、娘は臨終の床で聞いている。夫は深く酔っぱらうと、ですますを交えた疑問文で、妻である娘に話し掛けるのが癖だった。そう言われたのは、いつだったろう。まだ幼稚園児だった長女と、テレビアニメのテーマソングに合わせて、居間で手をつないで踊った夜だったか。次女の作文が掲載された新聞を、買い漁ったときだったか。一番甘えたで手のかかる三女が、専門学校を出て自立し、二人きりの暮らしが始まった頃だったか。娘はもう思い出せない。だが、夫のその言葉は、今でも聞くことができる。娘は、結婚するとき、子どもが欲しいと思った。自分が得られなかったものを、子に与えたいと思った。奪われたからこそ、差し出せるものがあると、信じたのだった。

 ほんまは、生まれ変わってたんかもしれへん。

 夫から目を逸らせた娘は、ぜぇぜぇと息をしながら思う。あのとき、飛び込まなんだら、櫻として、別の生き方をしとったんかもしれへん。そんなことはないんか。どうなんや。違うんか。わかれへん。わかれへんけど、わてはいつしか、さくになった。さくの人生は、平凡やった。いいことばかりではなかった。ばかにされることもたくさんあったし、いつまで経ってもひととの交流が下手で、友人と呼べるひとは、あんまりいなかった。けど……それでもやっぱり、この人生は、きっとそう、悪くはなかったのやろう。

 さく、さく、さく。

 今では聞きなれた自分の名。しかし、この名を唱えてみると、やはり物足りない感じがする。

 わての「ら」、わての「子」。今、どこにおるんやろう。

「お母ちゃん、何、ら? こ?」

 長女が娘に訊ねる。ら、こ。娘は薄目を開け、おもむろに口を動かす。あっ! 叫んだのは、同居する高校生の孫で、彼は部屋を飛び出すと、台所へ行き、急いで戻ってきた。

「これちゃうかなっ、おれが小学校の修学旅行で、婆ちゃんに買うてきたやつ」

 彼は、水族館の土産である、ラッコのマグネットを皆の前にかざした。手のひらサイズの茶色いぬいぐるみに、磁石が埋め込まれたもの。大人たちは、ソースか何かで、ラッコの抱く白い貝殻が汚れたそれを見、違うやろ。と思ったが、娘の長女が、そうかもしれへんわ、お母ちゃんこれ気に入ってたから。と、涙ぐみながら言うので、そうなんか。と、皆うなずいた。

 孫は、娘の右手に、ラッコのマグネットを握らせた。

 違う……。

 娘は思っているが、苦しくて、言葉に出来ない。これと違う……。念じてみても、誰にも伝わる気配はない。ああ、もう、ええけども……こうして死ぬんかぁ。娘の視界が、じょじょに狭まっていく。マグネットを握ったまま、しーりんぐらいとの光を見つめていると、そこから、何かが落ちてきた。

 母だった。

 落ちてきた母は、着物姿で若かった。娘がまだ子どもの頃の――肥溜めに落ちて駄目にしてしまった、小豆色の絣を着た――母だった。娘の布団のうえ、腹の辺りに、正座をしながら、ふわりと乗った。老いた娘を見下ろしている。懐かしい眼差しだった。娘のことを睨んでいる。

 母は、娘から目を逸らし、マグネットを握った右手に目をやった。

 娘の右手を両手で包む。一本、二本、と、娘の指をはがしはじめる。

 はっとした娘は、母に持ち上げられた指を下ろし、マグネットを握りしめた。母は諦めず、再び指をはがそうとする。あかん。娘は声を荒らげ、赤ん坊のように、マグネットを握る。わたしのや。わたしのらっ子なんや。お母ちゃんには渡されへん!

 叫ぶと、母が娘を見た。睨んでいるような、泣いているような目をしていた。落ちたんや。と、玄関の明かりのなかで言った、母に似ていた。

「婆ちゃんの目ェ開いた!」

 そう声を上げたのは、三つ編みをした、小学二年のひ孫である。娘は、ふたたび広がった視界を、その端まで明るく感じながら、自分の腹の辺りを見る。母はいない。いるのは、生きた家族たち。自分を見守る家族たち。

 もし、さっき、らっ子を渡していたら、自分はお母ちゃんに連れて行ってもらえたんやろか?

 娘は目を閉じる。永年しまい込んでいた、母にまつわる記憶や、記憶のようなもの、それらに付随する切れぎれの感情が、痩せた身体のなかで浮かび、混ざり合っていく。自分を産み、婆さんの生まれ変わりだと信じた母、信じようとした母。今ならその心情を、理解まではできぬが、察することはできる。きっと、そうしなければ、自分を保てなかったのだろう。誰かを必死に恨まなければ、生きていかれなかったのだろう。そういう生き方しか、できないひとだったのだろう、と。ーーそこまで考えたとき、娘の手がゆるんで、マグネットがこぼれ落ちそうになり、誰かの手のひらが、それを支えた。娘は、もう一度それを握ると、誰もわからぬほど、小さくわらった。こうやって、母を俯瞰する自分もまた、同じなのかもしれないと、家族の体温を感じながら思う。大人になった自分の、生きる時間のなかに、母への釈然としない思い、恨む気持ちは、きっといつもあった。それが、自分の生を燃やす燃料になったことも、あっただろう。その点で、自分と母は似ていたのかもしれない。お母ちゃんといえども、二回も、らっ子を奪われたくはないと、強く思い、母を睨み返す自分が、ここにいたことを、いま知った。

 お母ちゃん。もっと仲良くなりたかった。これまでお母ちゃんに抱いてきた感情は、どこにも行かずに身体のなかにあるし、もしもう一回、この生をはじめから繰り返さなあかんとしたら、それは正直しんどいけど、でも、もう一回、この世に生まれ落ちるとしたら、あなたから生まれることは、嫌やない、不思議といま、そう思うんや。

 おかしいか。お母ちゃんは、どないやろう。ああ、こんなこと考えるんは初めてやな。こんな人生懲りごりやと、何度も思うたはずやのに。もう終わるのに、おかしいな。初めてのことが、まだまだあるんかぁ。

 皆の声と、まぶた越しに感じられるしーりんぐらいとの光が、遠ざかっていく。娘は目を開く。その瞳に映ったものは、家の天井ではなく、生きた家族でもなく、田畑であった。

 晴れた空。白い雲。広い田畑の真んなかに敷かれた道に、ピンク色のパジャマとサンダル姿で、娘はひとり立っていた。

 皺だらけの右手が、何かを握っている。それを目の高さに持ち上げ、まじまじと見る。茶色いラッコのマグネット。白い貝殻の部分に染みがある。

 なんやこれ? ようわからんけど、まぁ、可愛いから、ええか。

 老いた娘は、そのまま握りしめて歩いていく。

 道の遠くに、櫻が咲いている。娘はもう自分の名を、覚えていない。「ら」のことも、「子」のことも、家族のことも覚えていない。

 娘は、肥溜めのそばにたどり着いた。

 ゆっくり畑へ下り、近づいて、穴のなかを恐るおそる覗く。臭いはなかった。ほぉ。と娘が声を上げる。そこには、無数の櫻の花びらが満ち、そのかすかな隙間から、金色の光が幾条も洩れ出ていた。

 かがみ込んで、しばらくそれを眺めていた。いつまでも、見ていられそうだった。カランコロン、と缶を蹴る音が聞こえた気がして、振り返るが、誰もいない。

 向き直った娘は、おもむろに立ち上がると、ひゃっ。と声を上げ、らっ子を手にしたまま、美しい肥溜めのなかに飛び込んだ。

 ありがとう。ありがとう。さようなら。

 花びらが噴水のように舞い上がる。それは、娘をのみ込んだ肥溜めの周りを鮮やかに染め、やがてとおりかかった牛の目に、一瞬だけ映った。

読んで下さりありがとうございました。素敵なイラストは、本作のための描き下ろしです。感謝…!!

こじか手工業のこじカルチャー 
https://note.com/kojikamanufact

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