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入院メモ(day-2_1)

7月17日

本当は朝目覚めたところから始めたかったが入院生活はそんなに甘くは無い。

日付変わってday-1の投稿を終えた頃には1時に近付いていた。

ツイッターでいくらかやりとりをし、就寝。
そこそこ寝た感覚とともに目覚めたが、1時間しか経過しておらずガッカリする。


携帯を見ると、広島のコンカフェの女の子がキャスをやっていたので少しコメントで絡む。この子のキャスは特にお気に入りなのだ。それに彼女は昨日の私の病院食キャスをバス待ちの数分だったが見にきてくれたというのもあった。他のリスナーも明日手術だと知って応援してくれる。私のことを知ってる人もそうでない人も。優しい世界。平和の街、広島。

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と、ここであることに気づく。

さっきから痒くて掻いていた足は数時間前の剃毛の影響によるものだと思い込んでいたが、今、明らかに音がした。
もう歳なのであまり高い音は聴こえなくなっているものの、耳の近くにくれば明らかにそれと分かる音。

モスキート音

この個室には蚊がいる!?

電気を点けて確認してみると複数蚊に刺された跡がある。脚だけでなく腕もやられているし、もうこうなってくるといろんなところが痒い。

早速昨夜に学習した通り軽率にナースコールを押す。

反応がない。

昨晩は必ずスピーカーから
「どうされましたー?」
のような反応があった。

もう一度押す。
やはり反応なし。

5秒悩んでもう一度押す。

ナースコールのスピーカーは相変わらず無視を決め込んだが、直接女性の看護師の方が来てくれた。

蚊に悩まされている事を伝えると、電気式の虫除けを持ってきてくれた。

しかし時既に遅し。

私の体は至る所から痒みが生じていてとても寝れる気がしない。

それに私はこういう状況で寝ようとすると無意識のうちに掻きむしってしまう傾向がある事を自分で知っている。
手術直前で眠る必要があるのは分かっているが、もうこうなってくるとなんともならない。

なんとかして蚊に刺された箇所を掻かないように気を紛らわすためにこれを書いている。

なぜ1日あたり15,400円も払ってこんな目に合わなければならないのか!?
この虫除けは最初から標準的に設置すべきだと強く主張したい。

現在3時14分。

3時間もしないうちに手術前の投薬の時間がやってくる。

さて、この後どうしたものか…

予定では投薬の後、9時にはこの部屋を出て2階のカテーテル室に向かうと聞かされている。

その30分前、8時半に嫁が付き添いにやってくる予定になっている。
昨日入院の際に居なかったのは彼女自身の健康診断と重なっていたからであって、不仲なわけでは無い。

そういえば9月の終わりには結婚して20周年だったはずだ。

あのウィルスのおかげで世の中がこんなになる前には、私は漠然とある夢を持っていた。
それは、このような節目に大桟橋からクルーズ船に乗って夫婦で旅行することだった。

しかし、ダイヤモンドプリンセスの一件もあり、この夢が叶うことは一生無くなってしまった。
彼女は絶対にクルーズ船に乗ってはくれないだろう。
それにそもそも元々家にいるのが大好きで、どこにも出掛けたがらない人なのだ。

病棟の北側の通路の大窓からは、仕事を失い寂しそうに大桟橋にずっと係留されているASUKA Ⅱが見える。
この子も私もどちらも被害者だ。

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ここで昨日のメモに、肝心な主治医とのやりとりを書き忘れていたことに気付く。

昨晩、点滴のライン確保した後、主治医であるSさんという若い医師が現れ、薬の状況の確認と、翌日の手術について少し話した。

手術前の3週間ほど、毎朝一回飲む血液をサラサラにする薬が与えられていた。

私は普段朝ご飯を食べないことや、朝起きてすぐにアメリカとの会議が必要な状況が続いていたのもあり、薬は主に昼食の後に飲むことにしていた。

しかしそういうことがきちんと出来ない性格で、一日飛ばしてしまった事が序盤に一回あったのと、昼に飲み忘れて夕方に気付いて慌てて飲んだりといったことが多々あった。
なのでせめて状況を正しく薬剤師や医師に伝えるために毎日飲んだ時間をメモしていた。

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問題は7月14日に起きた。

私は普段某業界向け組み込み系製品の開発統括リーダーみたいなことをやっている(良いリーダーである自信がないので"みたいなこと"という表現で逃げ道を作っている)。そしてここ2年費やし開発してきたプロジェクトが、6月にはケリがつくはずだった。
ところがコレが最後のところで難航していた。
7月に入り、状況は緊迫しており、最悪シナリオとしては、とあるロゴ認証が取得できず、売り物にならないのでは?という懸念すら出ていた。そんなことになったら数十億の開発費が回収出来ないというとんでもない事態になってしまう。

そんな中、7月14日朝7時半ごろ
終わりはアッサリと訪れた。

認証を出す側の某超有名企業からOKの内示のような内容のメールが届いたのだ。

私は今回の手術に向けた準備に影響が出るリスクを理由に、皆がオフィスに戻った後も在宅勤務を継続していたのだが、本当の理由は認証取得に向けて朝も昼もなく海外と調整するためのエクストリーム勤務が出来るようにするためだった。通勤時間や勤務時間の制約をなくし、自身の心身の健康を守るためでもあった。

その日、自宅でそのメールを確認した私は、朝早くから起きてきていた義母に、よくわからないと思うけどとにかくこれで終わったんだと興奮して話した。

その後も各方面に連絡などして喜びや安堵を分かち合った。

そしてそのまま夕方になり、手術前だから禁酒し始めようかと思っていた矢先だが、今日飲まなくていつ飲むのかとばかりに飲んだ。

同日23時。
ここでようやく気づく。
今日の分の薬を飲み忘れていることを。

慌てて薬を飲む。

がしかし前日の投薬時刻は午前11時だった。
半日も遅れてしまった。

翌日の15日、つまり手術前日は前回飲んだ23時からあまり短時間にならないように17時20分に飲んだ。もちろんちゃんとメモした。

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そして入院当日(つまり昨日だ)、薬剤師にこの事を相談し、昼食後飲もうかと思ったが相談してからと思ってまだ飲んでいない事を伝えた。
「入院中は薬変えると思うので今から飲むのはとりあえずやめておきましょう」
薬剤師に相談する前にランチの後すぐに飲まなくて良かった。

さて、前述の主治医との場面に話を戻したいのだが、主治医はきちんと毎日時間通りに飲まなかった私に少しガッカリした様子でこう説明した。
基本的にこの薬は手術に向けてとにかく血栓を作らないために毎朝飲んで頂くことを想定していて、それは手術前日も朝飲んだ分が翌日まで効いて、その後キリよく別な薬に切り替える想定だったのだと。
しかし直前にタイミングを狂わせてしまった私は今日飲むと明日の朝から切り替える薬と重なってしまうため、今は飲まない方が良い。逆に前日17時20分に飲んでから24時間後の同時刻から手術の朝までは、薬の効力がない時間帯ができてしまう。つまり可能性は決して高くはないものの、血栓が出来るリスクが増えることになり、医師としては歓迎すべき状況ではないとのことだった。

なんだか申し訳ない気持ちになったのと、この2年間の開発があっての14日の出来事が如何に私の行動に影響を与えたかを彼に説明しても仕方ないので、シンプルにごめんなさいとだけ伝えた。

一方、手術に関しては、大きく2つの術式があり、どちらでやるのかを確認した。

今回私が治療して頂く心房細動のカテーテルアブレーションには、カテーテルの先から高周波エネルギーを流し、心筋を1箇所ずつ点で焼灼する方法と、膨らませたバルーンを肺静脈付近に密着させ、焼灼する方法の2つがある。

後者の方が新しい術式で、点で焼いていく前者に対して面で当てるため、手術時間が短くて済むが、心臓の形によって適用可否があるとのこと。

主治医によると今回は後者で進めるとのことだった。
嫁の待つ時間が短くなるのはありがたい。
旦那の心臓手術を待つなんて時間はきっと良い気分ではないだろう。

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そして現在4時12分。

朝、コレの続きを書いている時間は無いだろうし、術後は麻酔前の記憶も曖昧になるかも知れないので、先ほど書いたことが予定通りに行われ、後からごちゃごちゃと、実際にはかくかくしかじかで、などと書く必要がない事を願っている。

もう蚊は居ないだろうし痒みも治まりつつある。

少し寝よう。


朝6時を回った頃に夜勤担当の男性看護師さんが薬を持ってきてくれた。
この3週間飲んでいたのとは別なもなのだ。

薬だけ出されて水分がないので、これは自分で買ったドリンクで飲んで下さいってことかと尋ねるとそうですねという返事。
「ポカリしかないんだけど?」
「ポカリで大丈夫です。」
カプセルの薬を2錠と錠剤を1錠飲む。
なんの薬かは聞かなかった。
なんの薬だって拒否権などないワケだし。

検温、血圧、サチレーションを測定した。

8時半までに上の下着は脱いで下はパンイチの状態の上に浴衣タイプの病衣という格好に着替えておいて下さいとのこと。

まだ2時間ほどあるので少しでも休んでおく必要がある。
この後、全身麻酔で眠らされるが、きっと睡眠と麻酔は別物だろう。

スマホのアラームを8時20分にセットする。
アラームの名称を手術準備と変更したところで昔考えた自作の早口言葉を思い出した。

お医者様手術準備中
お医者様手術準備中
お医者様手術準備中

おそらく実際には大抵の準備は看護師さんや他の医療スタッフが担っているのだろうが、担当医だって少しは準備することがあるに違いない。

再び横になるが窓の外は既に明るくあまり眠れそうにない。

そもそも元から生活リズムが破綻していたし、朝起きた時点であまり眠れていないのはいつものことだ。


アラームが鳴ることもなく8時過ぎに自然と目覚める。
30分までに着替えを済ませておかねばならない。
顔を洗い、歯を磨き、髭を剃る。
プレシェーブローションを持ってき忘れたことに気づくが、もう嫁に言っても間に合わないだろう。

誰に見せるでもない顔面の調子を整え、浴衣タイプの病衣に着替える。
靴下も脱ぐ必要があるのか確認し忘れたのでとりあえず履いたままにしておく。

外を見ると昨日とは打って変わってかなりの土砂降りになっていたが、我が家の駐車場は一応ビルトインタイプで屋根があるし、病院の駐車場は地下なので問題ないだろう。

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8時39分。
未だ嫁は現れない。
元々朝弱いタイプの人間だ。
最悪、寝坊で来ないことも想定しておく必要がある。

8時40分。
LINEで連絡が入る。
病院内でどこに行って良いのかわからず右往左往していたらしい。
今ようやく時間外受付に到着したとのこと。
時間外受付に行かなければならないことは聞いてなかったな。
嫁には申し訳ないことをした。

タオルやパジャマタイプの病衣を回収BOXに持って行った。

カンファレンスルームではスタッフが朝のミーティングをしている。

9時
本日担当してくれる新キャラ男性スタッフ2名が現れ点滴を付けてくれた。靴下はやはり脱ぐ必要があるらしい。
靴下を脱ぎ、嫁に持ってきてもらったクロックスに履き替える。

9時10分。
車椅子に乗せられいよいよ移動を開始。
部屋の入り口を後ろ向きで出るときに嫁と手を振り合った。
「頑張ってね」
そう言われてもこちらは強制的に寝かされる身なので手術中は頑張りようがない(少なくともこの時点ではそう思っていた)。

外は相変わらず雨が降り続いていた。

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病棟内の行ったことのない場所まで車椅子を押されて移動し、STAFF ONLYと表示された自動ドアをくぐる。自動ドアの先には医療スタッフ用の専用エレベーターが4基ほど設置されていた。移動用のベッドがそのまま入るサイズになっているようだ。
エレベーターで2階に降りる。

カテーテル室の場所は事前に把握していた。
7月10日に心臓のCT画像を撮るときに、入り口の隣にカテーテル室の表示があったからだ。
カテーテル室の自動ドアを抜け、先に進んでいくと、いよいよ私の身体を載せるであろう手術台が見えてきた。
よく医療ドラマにあるような外科手術の手術台とは異なり、上からの強力な照明はなさそうだった。その代わり映像を映すのであろうモニターが幾つも並んでいた。
付近では医療スタッフが8〜10人くらい各人の与えられたタスクを素早く、かつ正確にこなしている。

そのエリアに入って最初に一人の女性スタッフから挨拶があった。
「今日担当する∅∅です、よろしくお願いします」
残念ながらお名前は失念してしまったが、綺麗な顔立ちで、如何にも仕事が出来そうなタイプの女性だ。人間見た目が何割とかいう説があったが、確かに安心感はある。
挨拶を交わしたのはその女性だけで、他のスタッフは相変わらず慌ただしく準備に追われている。
ほどなく、階段から手術台に上がるように指示された。
いよいよ始まる。

まず台に腰を下ろし、仰向けに寝る。
軽く布団のようなものをかけられ、早速病衣の袖を抜いていく。
左手側は点滴があるため一旦外して袖を抜く。背中を浮かし、腰まで病衣を下げたところで「浴衣とパンツ一気に脱ぐのでお尻浮かして下さい」と先程の女性スタッフが言う。
右側から女性スタッフが、左側からは男性スタッフが下着と浴衣を一気に下げていく。まるでバナナか魚肉ソーセージでも剥くかのように私の体を覆っていた衣服は取り除かれた。布団の中で行われているため丸出しにはならないが、どうせあと数分もしないうちに麻酔で眠らされ、全て曝け出されて弄り倒されるのだ。
この間に点滴は別のスタッフによって再度接続されていた。

次に、上体のみ起こされ腰の左右に何かを貼られる。とても冷んやりするもので、感覚的には冷湿布の特大サイズといったところだ。
対応してくれている男性スタッフは、額の後退が目立つ小太りの中年男性スタッフだ。
また寝かされ、今度は胸に電極をつけられていく。これまた一つ一つがかなり冷たく、しかも「一体何個付けるのか?」と言いたくなるくらい大量の電極をピタピタと私の体に貼り付けていく。「この担当は女性が良かったな」などと不謹慎な事を考えるだけの余裕はまだある。

それと同時進行で足首や他にも色々付けられたような気がするが、同時進行過ぎて詳細は分からない。とにかく男性スタッフが付ける電極の感触のインパクトが強すぎて他のことに注意が向かなかった。

程なく主治医が現れ、軽く挨拶をする。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
いよいよ点滴から麻酔薬の投入に移る。


以前、膝で全身麻酔やったときはデータ取りのため数をカウントさせられたが今回は不要かと尋ねると、カウントは不要とのこと。

麻酔薬投入。
ここで一旦私の意識は強制的に失われる。



day2_2に続く




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