「コーダ あいのうた」〜ちょいネタバレ感想〜
「コーダ あいのうた」を観てきた。
どうやら「エール!」というフランス映画のリメイクらしいのだが、残念ながらそちらは未見。本作も「泣ける!涙腺崩壊!」みたいな触れ込みが多い作品だったので、まぁわざわざ観なくてもいいか...とスルーしていたのだが、物は試しに観に行ってみた。
僕は「泣ける!と評判」の映画って食指が伸びなかったりする。経験則だが、そういう映画って終盤にかけて泣けるポイントを過剰な演出や大仰な演技で畳み掛ける傾向にあると思う。「感動系の映画」の映画に限ったことでは無いが、観客のエモーションを固定するために「押し付けるような演出」をされてしまうと、どうにも「オラ!泣け!泣けぇぇぇぇ!!」と恫喝されている気分になる。このような感動のデカ盛り定食状態になってしまうと僕なんかは一気に冷めてしまうし、映画としてもいささか不恰好だなと思う。加えて、僕なんかはね...ほら、性格が悪いですから、「泣ける!」とか言われると「なにっ!絶対泣くもんか!」と意固地になってしまったりしてね。今作もハッキリ言ってそういうテンションであった。冗談じゃないよ、ばかやろーと。こっちはマッドマックスとかで泣くことはあっても、そんな「ちょっといい話」ぐらいで泣いたりするわけなかろうが。かかってこいや。
結果から言うとですね
死ぬほど泣いた。
もう泣いた泣いた。
すんません....参りました....
もう終盤の方でやり過ぎない程度に「泣くポイント」を重ねていくわけですよ。で、こっちとしては徐々に徐々に蛇口の栓が緩められた状態で、最後ひと捻りでボカーン!!である。もうわんわん泣いてしまって...してやられたぜまったく....
全体的にすごく丁寧な映画である。最初から最後まで演出のスキが無く、的確に物語が紡がれていく。ハッキリ言って展開の意外性はゼロに等しい。「まぁ、こうなるだろうな」という方向にしっかり話が転がっていく。しかし、やはり演出のスキの無さである。これが本作を特別なものにしていることは間違いない。本作は徹底して「対立する概念」を映像に落とし込んでいる。「大人と子供」「個人とコミュニティ」「健常者とろう者」。一種、分断されている2つの概念/世界が映像的なモチーフでもってしっかりと対置されている。この間隙で起こる摩擦、葛藤が描かれていく。
ロッシ一家の長女ルビーは17歳の高校生にしては考えられないほどの責任を背負わされている。彼女以外の家族は全員ろう者であり、家族で営む漁業は彼女の手話通訳無しでは成り立たない。17歳はまだまだ子供だ。しかし、彼女は「家族で唯一の健常者」であるために、家族からは常に大人として扱われてきた。しかし、一歩外に出れば彼女はまだ子供であり、成長過程の子供としてのあり方を求められる。そんな彼女の分裂した状況が「海」と「湖」というふたつのモチーフによって描かれていく。父や兄の漁業を朝早くから手伝い、家計を支える「大人」としての象徴である海。一方で、大人であることを家族から要請されて来たルビーが束の間、「子供」に戻る時間の象徴としての湖。この2つは同時に、「コミュニティの一員としてのルビー」と「個人としてのルビー」のあり様を象徴してもいる。17歳の少女にはあまりに重過ぎる葛藤だ。そして「健常者とろう者」。ここが本作の重要なとこで、この概念は終盤に至るまで健常者であるルビーの視点からしか描かれない。ろう者である家族がどのように世界を見ているのか?ということは描かれていない。それが終盤、ここぞと言うタイミングで父フランクの世界が描かれる。健常者とは全く別の開かれ方をした世界。こうした幾重にも重なった「2つの世界」が最終盤で一気に収束していく。
ここで大切なのが、ルビーが歌うジョニ・ミッチェルの名曲「青春の光と影(Both Side,Now)」だ。この曲が繰り返し描かれて来た「分断された2つの世界」を両側から繋げていく。「伝えたいこと」と「受け取りたいこと」。物事を両面から見ること。この瞬間に、ルビーにとっては「他者の気持ちを代弁する手段」であった手話が、「自分の気持ちを表現する自分だけの言語」として立ち現れる。彼女だから出来た表現が、彼女が本当に伝えたかったことが「確かに伝わった」瞬間。とにかくこの回収の見事さに、僕は耐えきれず爆発してしまった。
一方で、消化不良な部分がないわけではなくて。観終わった直後とかは泣き腫らしているから気づかないのだが、あまりに良く出来た終盤に引っ張られて有耶無耶になってしまっている箇所も散見される。基本的にロッシ一家は極めてシリアスな状況にある。そして、その状況は何ら改善されない。彼らは正しく「ろう者として生きていくことの過酷さ」に直面しているのだが、そこに対して何かもうひとつフォローしておいても良かったのではないだろうか?そこが無いので結果的に物凄く健常者に都合の良い話に見えてしまう感は否めない。また、「10代の子供に望んでいない仕事を押し付ける両親」というのは個人的にはノレないかなと。僕だったらそんな親は真っ先にブン殴りたくなってしまう。そんな両親に対して、長男レオはある程度「分かっている奴」だったわけだ。彼はろう者である自分の人生に対してある種達観していて、妹であるルビーが本当はこの場所にいるべきでないことも分かっている。レオの存在があることで、本作はギリギリ美談になり切らないバランスを保っていると言っていい。それ故に彼に対するフォローも、もうひとつ欲しかったなと言うのが正直なところ。
とは言え、丁寧に作られた「いい映画」なのは間違いない。僕はまんまと泣かされてしまった。参りました。
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