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【第31回】選挙へ行った僕は不可逆海鮮丼を食らう。

昼過ぎに目が覚めた。体が重たい。

昨日ははしゃぎすぎてしまったと少し後悔する。

単発バイトの肉体労働を終えヘトヘトになった僕は、その後友達後輩引き連れてスーパー銭湯に行き、その流れで共に酒を飲み話し込んでかなり夜遅くに帰宅したのだった。

「ああ、何もしたくない」と布団の中で思う。起きた瞬間から疲れているなんて嫌なものだ。

けれども外出しなければいけない用事が僕にはあった。

第25回参議院選挙である。僕は21歳なのでもちろん選挙権があるわけで。

個人的には選挙権は「権利」であって「義務」ではないので行使するもしないも個人の自由だと思ってはいる。けれども行ったほうがいいことには違いない。

選挙に行かなかったからといって政治に口出しできなくなるわけでもないけれどもSNSに政府に文句垂れたりするよりも投票に行くほうが効果がある気がしている。

そんなわけで布団から出ようとしない体にムチを打ち家を出た。

投票はだいたい近所の小学校で行われる事が多い。普段勝手に小学校に入ると通報されて逮捕されてしまうかもしれないのだけれども、この日だけは合法的に小学校の中に入ることができる。

その瞬間に味わうノスタルジーはなんとも言えないものだ。それは母校ではないにしても小学校という空間が抱く独特の香りというものがある。

もしかしたら「政治のため」「未来のため」というのは建前にすぎなくて皆、このノスタルジーを味わいに来ているのかもしれない。

幼い頃から生徒会の選挙などで投票という行動に慣れてはいるのだけれども、この瞬間だけは毎回緊張してしまう。

ガラガラの投票所で投票用紙に記入するのだけれども「誤字したらどうしよう」「なんで投票所で消しゴムがないんだ」「なんで公文書はボールペンで書くのに投票用紙は鉛筆なんだ」とか要らないことを考えてしまうわけで。

挙句の果てに記憶の奥底に沈んでいた昔のことまで思い出してしまった。中学の時の生徒会の選挙で投票用紙に書いている際に怖い先生が回ってきて「不信任に入れてもいいけどがんばっているこいつらの代わりにお前ができるのか」と言い放ってきたことがあった。当時は納得してしまったのだけれども民主主義が真っ青になるようなセリフだし選挙そのものの意義を問われかねないような発言なので今ならもしかしたら問題になってたかもしれない。感情としてはわからなくもないけれども。

そんな緊張をなんとか乗り越え投票を終え小学校を出た。

ああ、腹が減った。昼過ぎに起きたから長い時間何も食べていない。

そうだ、久しぶりに「丼丸」の海鮮丼を食べよう。僕を始めとする20代の投票率は3割、選挙権を持つ人口の5割しか選挙に行かない時代に疲れた体にムチを打って選挙に行った僕は偉いと思いこむことにしよう。冒頭にあんなことを書いたけれども、そんなのはもうこの際関係ない。僕は偉い!偉いんだぞ!!

「丼丸」とは500円程度で海鮮丼が食べられるお店だ。のれん分けという形で全国に店舗を展開している。これが値段の割になかなか美味い。

ただ500円といってもなかなかの大金だ。同じ値段を出せばもっとお腹いっぱいになる方法はあるわけなのだ。

けれども今日くらいいいだろうと自分に言い聞かせる。なにせもう半年近く食べていないのだ。

早速、僕は「丼丸」へと向かった。比較的投票所に近いところにあるので非常に助かる。

ど定番メニューのどんまる丼を持ち帰りで注文すると遅めの昼ごはんを食べるべく意気揚々と家へと帰った。「丼丸」は普通のFCのお店とは異なり各店舗に裁量権がある。近所の丼丸は学割があるので1品トッピングか大盛りが無料になるのがありがたい。

僕は迷わずヅケサーモンを1品トッピングをした。これによってねぎトロ、サーモン、まぐろ、イカにヅケサーモンが加わった形になる。うーん…サーモンとヅケサーモンでサーモンがダブってしまった。

家へたどり着くとエッセイに乗せるためにどんまる丼の撮影会が始まる。料理を写真に撮る瞬間が僕は好きでSNSにはほとんど上げないけれども、外食であれ自炊であれそこに料理があればカメラアプリを起動するのだ。

そして撮影を終えると僕は電子レンジにどんまる丼を入れダイヤルを回した。

そう、電子レンジに“海鮮丼”を入れたのだ。

気がついたときには遅かった。なんでこんなことをしてしまったかわからない。

普段の行動が無意識に出てた、としか言えないだろう。丼モノを電子レンジで温めて食べるといういつもの行動をこの時に再現してしまった。こんなことならばもっと丼丸に行っていればよかったと激しく後悔するけれども今はそんなことをしている場合ではない。

電子レンジの扉を慌てて開けると目を覆いたくなるような光景が飛び込んできた。

茶色に変色した魚たち。温かくなった酢飯のなんとも嫌な匂い(丼丸の海鮮丼は白米ではなく酢飯)。変形したプラスチックの容器。不可逆反応の果ての荒廃した世界がそこにはあった。もう元の海鮮丼に戻ることは決してありえないのだ。

食べ物を粗末にしてはいけないと両親から口酸っぱく言われていた僕は泣く泣くこの不可逆海鮮丼を食べた。酢飯の匂いが気になる以外は、まあなんとか食べられる。

次は疲れていない時に丼丸へ行こう。そう僕は固く心に誓うのだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました! ご支援いただいたお金はエッセイのネタ集めのための費用か、僕自身の生活費に充てさせていただきます。