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出会うべきじゃなかった本に、出会ってしまった。~書店員の衝撃~
ある日、私の働く書店に発注していない書籍が届いた。
「これ、誰が発注したんですか。しかもマンガですよ」
「本当だ。イベントで使うのかな」
「まぁ発注ミスじゃないだろうし、平置きしておくか」
「そうですねぇ」
ともう1人のアルバイトさんと話しながら平置きした。
これが、出会いたくなかった一冊との出会いである。
私の働く書店は時々、アルバイトが発注していない書籍が届くことがある。その場合は大抵、注目の啓発本である「ニューフェイス」であったり、天狼院のイベント関連の本だったり、と明確な理由があるのだが、今回は違った。
マンガをほとんど置かない書店である。であるにもかかわらずマンガがいるのだ。
「その本」はたくさんの入荷本の中に、まるで迷いネコのようにちょこんと紛れ込んでいたのだ。
「ふぅん。変わりモノの新入りくんだね。」
そうつぶやいてみる。「その本」の周りには時代劇の小説や啓発本。この空間には違和感がありすぎる本だ。
「どうしてこの本が送られてきたのだろう」
と思わず手に取ってしまった。
表紙一面に敷き詰められた美しい花と、それに埋もれるようにほほえむ女の子。ほっぺは健康的なピンク色で遠くを見ている。
ぱらっ、と読んでしまったのがダメだったのだ。
ぶわっ、と全身に鳥肌が立ってしまった。
「この本」は台湾が舞台の女子大生の主人公と、ひょんなことから出会うバンドのボーカルの男性が繰り広げる物語である。
え、表情の描写……繊細過ぎる。
が初見の感想だった。
主人公が些細なことから頬を赤らめ、伏し目がちになるシーン。
絵だけで表現する心理描写。
バンドの演奏のリアルな描写。
すべての繊細な風景が、私のこころの柔らかい所をぐさっ、と突いてきた。
ハッとしてすぐに本を閉じてしまった。このままだと時間も気にせず、世界観に惹き込まれそうだったからだ。
動悸がすごい。鼓動がすぐ近くて聞こえてくるようだ。
「すごい本に、出合ってしまったかもしれない」
勤務後、すぐに上下巻とも買ってしまった。
「誰かに取られる前に。魅力に気づかれる前に、もっとこの本をじっくり読みたい」
……一種のメンヘラのような思考だ。私もここまでだったとは。
自転車を全力疾走で漕ぎ、飛び込むように帰宅し、夜ごはんを食べるよりも先にページを開いた。
ぱらぱらと読み進めるたびに、言葉にならない感情があふれて止まらなかった。
彼らが発する言葉のひとつひとつの重みが尋常じゃなかったのだ。
「大人にならざるを得なかった彼」と、「将来をまっすぐ夢見る主人公」の対比描写から生まれる数々の言葉たち……。きっと今現在若者世代である人も、かつて若者だった方も、どんな視点を持った方でも刺さる言葉たちだろう。
さらに作中に登場する日本の曲や本も魅力的だ。
はっぴいえんどの「風をあつめて」、村上春樹の『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』が作品に登場する。少し古い作品だからこそ、アンティーク雑貨のように「この本」に深みを出すのだろう。
胸やけしそうになるくらい、きらきらした言葉にあふれた青春物語と、それを彩る素敵な音楽と小説。あぁ、どうして今まで出会っていなかったんだろう。もっと早く出会いたかった。いや、出会えて本当に良かった。
しかし、悲しい出来事はいつも突然目の前に現れる。
次の出勤日、平積みしてあった「本」は跡形もなく消えていた。あれ、どこにいっちゃったんだろう。
「えっ、ここにあったマンガ、全部無くなってますね」
「あれ、全部売れちゃったんだ。最近入荷したのに、早いね。発注かけておくね」
「へぇ、もう売れちゃったんですね」
……何とも複雑な気持ちになったのは言うまでもない。
「あぁ、色んな人がこの本の魅力に気づいちゃったか」
嬉しいような、悲しいような。淡い嫉妬すら沸いてしまうくらい執着していたことに気づいた。誰もこの本に、この本の魅力に気づかないように、もっと分かりにくい場所に置いておくべきであったとすら思ったほどだ。(そんなことしないが)
その本の名は『緑の歌』。出会ってしまったことで私の読書人生の一部が、いや私の青春の理想、また生き方でさえ、大きく変化させられてしまった。
悔しいが、ある意味恋心に近い感情を持ってしまったみたいだ。
「秘本」を企画する理由がよく分かった気がするなぁ。
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