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ズッ友 第五話

第五話

 あの海での出来事は、正直あまり話したくない。思い出すと晴美とあの日が最後だったんだ、と胸にぽっかり穴が空いたような、足に力が入らなくて膝から崩れ落ちるような、取り返しのつかない虚無感に襲われるからだ。
 でも、晴美の無念が消えるなら、私は何でもするよ!私と晴美と佳世は、ズッ友だから。手に持っていたヌチャラ星人の顔が変形していた事に気付き、私は手の力を緩めた。
 それにしても、この鹿島竜晴という男。私はまじまじと観察する。年齢が私と殆ど変わらないように見える。やや明るめの茶髪に耳にカフスまでしている。私の学校にいたら不良認定され、間違いなく浮いてしまいそうだ。本当にこの寺の跡取り息子なのだろうか?いや、それはどうでも良い事だ。問題は、本当に彼が晴美の幽霊を目撃したか、という事だ。そもそも嘘を付いても彼らには何らメリットがないけど……。

 私には根拠のない確信があった。晴美は事故死ではなく、殺されたのだと。しかも、それが担任の田辺先生の手によって。
「何から話しましょうか。あっ、そうだ。まずは、私達の関係性からお話ししますね」
 2人は静かに、頷いた。どうやら聞く体勢に入ったようだ。
「私達は島波高校の二年生で、お葬式にいたのも一緒に海に行ったのも同じメンバーです。私と晴美と佳世と悟と圭佑は二年生になって同じクラスになり、仲良くなりました。でも、男子の悟と圭佑は一年も二年もずっと同じクラスで元から仲が良かったようです」
 聡明そうな僧侶が自分の顎を撫でながら尋ねてきた。顎を触るのは、この人の考える時の癖なのだろうか?
「あのお葬式の時、成宮さんのお父さんに晴美さんの顔を見せて欲しいと懇願していた少年は、悟さん?それとも圭佑さんかな?」
「あれは、悟の方です。悟は晴美の事が好きだったから。晴美も同じ気持ちでした。まだ、付き合ってなかったんですけどね。あの日、あの海で告白するって、晴美、こっそり私に教えてくれたんですぅ。そ、それなのに、こんな事になるなんてぇ」
 私は話しているうちに、目頭が熱くなり、視界が涙で歪んでいくのを感じた。
「両思いだったんだね。もしかしたら、晴美さんの未練は悟さんに告白出来なかったことかもしれない」
 いや、と竜晴は素早く首を振った。
「あの時、俺が見た成宮晴美にはもっと恨みに近い何かを感じた。そんな告白云々なんて生優しいものじゃない」
 僧侶は恨みねぇと言いながら、今度は人差し指で額をトントンし始めた。これもまた考える時の癖だろうか?
「悟さんと晴美さんの関係性は分かった。他になければ、次は海での出来事を聞かせてくれるかな?」
 「そうですね、後は悟と佳世が幼馴染という事ぐらいです。海の話に入る前に田辺先生についてもお話しさせて下さい」
 いいよ、と僧侶は頷いた。
「田辺先生、始めは晴美を特別扱いしていなかったんです。でも、ここ三ヶ月位で急に特別扱いし始めたんです」
「三ヶ月前に何か特別扱いをするようになる、きっかけとなるような出来事って何かあったかな?」
「特別扱いって、具体的にどんなんなの?」
 と、二人から一斉に質問がきたので面食らってしまった。
「三ヶ月前、これがきっかけかは分からないんですけど、晴美が体育の授業で怪我をしたんです。確か、女子は体操の授業でした。鉄棒、平均台、マット運動、跳び箱とか種類があって、好きな種目を選んで練習する授業だったんです。私達は晴美が得意な跳び箱を選びました。運動神経がいい晴美が一番に跳ぶ事になったんですが、助走をつけ晴美が跳び箱に手を付いた瞬間、今まで聞いた事のない声を出して、跳び箱を跳び切ることなく、マットの敷いていない体育館の床に倒れてしまったんです。私と佳世は慌てて駆け寄りました。晴美は頭を打ったらしく、田辺先生がそのまま病院に連れて行きました。それから、だったと思います。田辺先生が晴美を特別扱いするようになったのは」
 竜晴が腑に落ちないと言わんばかりの顔をしている。
「なんで跳び箱で横に倒れる訳?突き指したとか?」
「私も始め、そう思ったんです。その時は晴美の事が心配で気付かなかったんですが、後から体育の先生が教えてくれたんですけど、跳び箱に画鋲がセロハンで付けられていたらしく、晴美は画鋲が手に刺さり、痛くて横倒れになってしまったらしいです。後日、犯人探しやら、全校集会で叱責があったりと散々でした」
 「悪だねぇ〜」と竜晴はニヤニヤしている。
「特別扱いをするようになったのは、その件があってからなんでしょう?私は田辺先生の気持ちが分からなくもないな。その画鋲が無差別の、特定の人物に向けられたものではないと言う確証はないのであって、もしも成宮晴美さんに向けられたものだとしたら、心配だもの、目に掛けるのも当然だし、私だったら特別扱いもするだろうな」
 確かに、そうだ。その通りだ。でも、私の中にあるモヤモヤしたものは一体なんなのだろう。
「その通りですね。でも、晴美は先生の補助としてプリントを皆んなから回収して職員室に運んだり、先生と晴美がよく廊下で話しているのを見かけました。それを見ていた佳世が言ったんですよ、『まるで、晴美だけ特別扱いだね!』って。一年の頃は私が先生の補助をしていたのに」
 私はいつの間にか俯きながら話していたらしい。顔を上げると、僧侶と竜晴は無言で目配せしていた。

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