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ズッ友 第二話

第二話

「いつまで、寝ているんだ!」
雷の如く、俺の頭上から言葉が浴びせられた。
俺はへいへい、とやる気のない返事をし、気怠そうに立ち上がる。親父は何かとうるさい。しかも、つるっ禿げ。まぁ、住職だから仕事上はしょうがないけど。
「早く、寺の掃除をしなさい。他の者に示しがつかない」
「うるさいなー。今、丁度やろうと思ってたとこなのに、そんなガミガミ言われちゃー、やる気出ないや」
「何が、今やるところだ!わしが起こしに来なければ昼まで寝てただろうに。屁理屈を言うんじゃない!」
 親父はピシャッと言い放つと、念押しするように「早く着替えなさい」と言い、俺の部屋から出て行った。俺はのろのろと作務衣に着替える。頭がまだボーっとしている。あの日以来そうだ。あまりよく眠れていない。そして、机の上に置いてあるぬいぐるみキーホルダーを見た。結局、あの子に渡しそびれてしまった。わざわざキーホルダーなんかの為に引き取りに来るとは思えないけど、何だか捨ててはいけない気がして、こうして俺の部屋に置いてある。


「お、若院様の遅めのご起床ですね」
 真島はようやく起きてきた、この寺、眼福寺の跡取り息子の鹿島竜晴を見て、にやけながら言った。寺の掃き掃除を気怠そうにしている。
「全く、我が息子ながら恥ずかしい。もっとこの寺を継ぐ自覚を持ってほしいものだ」
「そうは言いつつ、住職心配してたじゃありませんか。この間の、ほら」
「……あぁ、成宮晴美さんのご葬儀の事か」
「また、体調崩されてしまいましたね」
 どうやらこの事は、住職の頭を悩ませているらしい。腕を組んで、一層険しい顔をしたかと思うと、
「頼んだぞ」
 とだけ言い、寺務所に行ってしまった。
 真島は、成宮晴美の葬儀を脳裏に思い浮かべた。あの日は、住職が息子である竜晴に仕事を見ておくよう連れて行ったのだ。高校生になる息子に仕事のいろはを知ってほしいのだろう。最近は、法事がある度に連れて行っている。というよりは、引っ張り出していると言った方が近いかもしれない。竜晴は高校を卒業したら仏教大学に入る。それまでの間に、眼福寺の跡取りとしての自覚を芽生えさせたいという住職の気持ちがひしひしと伝わってきた。しかし、当の本人は部活の軽音楽部の活動が忙しいやら、夜にクラスメイトと頻繁に遊びに出掛けたりと、寺の仕事には無関心のようだ。流石の私でも、今後の眼福寺の行く末を案じずにはいられない。
 成宮晴美の話に戻るが、葬儀当日、私はあまり視力が良くない住職の運転手、兼サポート役として成宮家に赴いた。成宮家は眼福寺から近く、車で30分位の閑静な住宅街にある。趣きのある日本家屋で古くからこの土地を所有している事が窺えた。私達が到着した事がわかったのか、直ぐに家主である成宮和正が出てきて、家の中に案内された。
 成宮和正は、「ご足労おかけします」と消え入る声で言った。娘の死に酷く憔悴しているようだった。それもそうだ。遺影の中の成宮晴美ははつらつとした可愛らしい笑顔を見せているが、目の前の棺桶の中で眠る彼女は、顔が真っ白でパンパンに膨れ上がっている。また、損傷も激しい。おそらく、海流により岩肌に身体が当たったか、それとも、抉れている事から考えると魚に啄まれた可能性も考えられる。欠損だらけで、目も当てられない。何にせよ、水死体として発見された成宮晴美は生前の面影を残していなかった。成宮和正は、重い口を開いた。
「子供達には……晴美の同級生達には、顔を見せてほしいと言われても、見せないつもりです。だって、きっとショックを受けてしまう。それにね、生きている時の元気な晴美の姿だけ、記憶に残しておいてほしいんです……」
 そう言うと堪えていた涙が溢れ出し、嗚咽し始めた。住職が優しく、そして力強く言い聞かせた。
「晴美さんの無念は、私がしっかり供養させて頂きます」
 案の定、晴美の同級生達はお願いだから晴美の顔を見させてくれと懇願してきたが、和正は首を縦には振らなかった。特に、一人の男子生徒が何度も何度も和正に縋るようにお願いをしていた。それを担任の先生だろうか、必死になって止めていた。周りにいた女子生徒二人もお互いに支え合うようにして立ち、涙を流している。もう一人の男子生徒は涙を堪えて、肩を震わしている。私は見ているだけで、胸が苦しくなった。


 和正の話によると夏休みに入り、その日、晴美とその同級生達は海で遊んでいた。途中、体調が悪くなった晴美は一人休憩すると言って、パラソルの下で寝ていたそうだ。日も暮れ始め、遊んでいた四人がパラソルに戻ると晴美の姿はそこにはなかったらしい。スマホはレジャーシートの上に置きっぱなしになっていたという。心配になり、皆で海水浴場をくまなく探したが、何処にもいない。若しかしたら、体調が悪くて耐えられず、自分達には告げず、そのまま帰ったのかも知れない。そう思い、晴美の家に連絡をした。しかし、晴美は帰って着ていなかった。その後、晴美の両親が警察に連絡し、成宮晴美の捜索が始まった。
 願いも虚しく、成宮晴美は捜査から二日後、遊んでいた海岸より少し離れた海中から発見された。夏の思い出がこんな形で残ってしまうとは、真島はなんだかやり切れない気持ちになった。
 葬儀が粛々と執り行われ、住職の読経が始まった時の事だ。後方にいた竜晴が立ち上がった事に私は気が付いた。住職の読経中に席を外すとは、全くけしからん。私は竜晴を睨んだが、その顔色は血の気を失っている。良く見ると、足元もおぼつかないようだ。そして、棺桶を凝視している。まさか、また見えてしまったというのか……。住職の読経も意味をなさないという事は、死んでも死にきれない何かしらの強い未練があるのだろう。
 その時、私は想った。成宮晴美には何かある。


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