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ズッ友 第十話

第十話

「明日は、お勤めが終わってから海に行こう」
 真島は俺にそう告げて、家に着いてから「私はこれから行くところがあるから」とまた、バイクを走らせて何処かへ行ってしまった。


 海水浴場までの道のりは、眼福寺からバイクで坂道を下っていき、山間部を通る。山間部は木々が鬱蒼としているお陰で、俺らは直射日光が身体に当たらなくてすむ。また、今日は昨日と違って私服だから快適だ。まさか、ヤローと二人で海に行く事になるとは思わなかったけど、と悲しく思う。折角なら美人なお姉さんと行きたかったなどと考えていると、急に鼻に潮の香りが入ってきた。不意に視界が開ける。眼下に海が広がっていた。
「バイクでくる海も潮風感じられていいだろ」
「……まぁ、ね」


 砂浜に着いた時には、もう夕暮れだった。
「海に来たはいいけどさ、これからどうすんの?警察もあらかた調べてると思うし」
 真島は、改まったように俺に言った。
「私達は探偵でも、警察でもないからね」
 そう言うと、ウェストポーチから何かを取り出した。
「これだよ」
 見せられたのは、ヌチャラ星人だった。
「真波から借りたの?!あれ、でも色が違う」
「晴美さんのさ」
「借りてきたの?!」
「昨日ね」
 あぁ、昨日俺をバイクから下ろした後、借りに行ったのかと納得する。
「コレには私も知らなかった新機能があってね。私も真波さんが家にきた時に知ったのだけど、竜晴がヌチャラ星人を部屋に取りに行っている時だよ」
 と、あの時の事を話し始めた。


 竜晴が部屋に行くとその女子学生、真波は話し始めた。
「ヌチャラ星人の正式名称は、『ズッ友 ヌチャラ星人』って言うんですよ。私、これ見つけた時絶対三人でお揃いにしようって思ったんです。三人で買いに行って、私がレモンイエロー、晴美がティファニーブルー、佳世がモスグリーン」
「仲良しだったんだね。確か、ヌチャラ星人はお守りみたいなものだよね」
「よく知ってますね!そうなんです。ズッ友はまず最初に皆んなでの約束事を一つ決めるんです。そして、それぞれが自分のヌチャラ星人のボイス機能を使って、願い事を録音するんですよ。ここで重要なのが、録音したボイスは願いが叶うまで誰にも聞かせちゃいけないって事です」
「約束を破ると、どうなるの?」
 真波はきょとんとした顔で、
「何も起こりませんよ。そもそも、私達はズッ友ですから約束は破りません!」
 私は心の中で、ペナルティのない約束は約束と言えるのかと疑問に思ったが、おもちゃだからなと腑に落ちた。
「これは知ってますか?お腹にあるチャックは、ポーチとしての役目だけじゃないんですよ。ポーチって言っても小さ過ぎて誰も使わないんですけどね。実は、ヌチャラ星人には小さな付属品を購入してお腹に入れると、追加機能としてフレンズ追跡ができるようになるんです!これ最新機能なんですけど」
 私が知っている情報にはなかったので素直に驚いた。
「でも、二人は私ほどヌチャラ星人に興味がないから、この機能のことは知らないんです。私、その追加要素のかくれんぼ機能を試してみたくて、二人にこっそり黙って付属品三つ買って、隙を見て二人のヌチャラ星人に入れたんです。そして、フレンズ連携しました」
 真波は嬉しそうに語った。
「真波さんは行動的だね。因みにさ、願い事のボイスは他人に喋っては駄目だけど、約束事は大丈夫なの?」
 真波は、「大丈夫ですよ。私達三人の約束事は」


『私達は、隠し事しない。ズッ友は、絶対嘘つかない』

「は?何その機能!怖いから!」
 俺はドン引きした。これが女子高生の間で流行ってるとか、世も末だな。
「私もそれを聞いた時に、正直、危ない機能だと思ったよ。かくれんぼ機能と言えば可愛いけど、追跡機能を悪用すれば事件に発展するだろうね」
「じゃあ、晴美を殺した犯人が追跡機能を悪用したって事?」
「いや、ヌチャラ星人はきっかけであって、悪用された訳では無いと思う。寧ろ、私達がこれから悪用するんだよ」
 真島はヌチャラ星人を片手に、帰宅し始める海水浴客の流れとは逆方向に歩き始めた。ものすごく嫌な予感がする。
「ヌチャラ星人は百メートル範囲で反応する。浜辺の長さが千二百メートルだから、まあ、歩いていればいずれ見つかるだろう。海の中に落ちていなければな」
 我慢できず、俺は浜辺で叫ぶ。
「えーー!!俺やだよ。絶望すぎじゃん!」
「つべこべ言わずに、やるぞ。日が登って次の日の海水浴客が来る前に!」


 だいぶ浜辺を歩いた。日も完全に暮れ、海水浴客の姿はなくなった。持ってきた懐中電灯をつける。夜の海は暗闇の終わりが見えなくて、俺は心細さを覚えた。
 まだ、晴美のヌチャラ星人の反応はない。無謀にも程がある。なぜ、佳世のヌチャラ星人を探さなければいけないのか。その時、俺はハッとした。佳世のヌチャラ星人を探していると言うことは、真島は佳世を疑っているという事か。真島の背中に問い掛ける。
「真島さんは、もしかして佳世って子を疑っているわけ?」
 真島はヌチャラ星人を手の中に転がしながら、
「可能性として、佳世には二回自分の意思で、一人になれる空白の時間がある。一つ目は、トイレに行くと言って圭佑と別れた時。二つ目は、効率良く晴美を探すために真波と別れた時。一回一回はそこまで長くなくても、二つの時間が合わさればある程度の時間を稼げる」
 そう真島が言い終わるか否かのタイミングで、ブブブブブブッと小さくヌチャラ星人が反応した。俺と真島は目を合わせた。ここからは一歩一歩確実に進む。数歩歩いて、バイブの反応が弱まれば、最初の位置に戻る事を繰り返した。
ブブブブブブッ。反応は先程より強い。懐中電灯以外、灯りがない中でこのバイブ音は不気味だ。現在地は浜辺からは少し離れた小高い崖。辺りには手入れされていない雑草が奔放に伸び切っている。まさに、殺害するなら打ってつけの場所だ。
ブブブッ。バイブ音が一瞬止んだ。
「 コッチダヨ 」
 俺は、背筋が凍った。ヌチャラ星人だ。どうやら対象物が近くなると、バイブからボイスに変わる設定らしい。だいぶ、近づいているようだ。
「晴美さんのヌチャラ星人が案内しているのか?」
 流石の真島もビビったようだ。
「持つの変わろうか〜」
「結構だ」
 空気を紛らわす為に、茶化してみた。

 「 ・・・コッチダヨ・・・コッチダヨ・・・コッチダヨ・・・」
 声の感覚が狭くなっている。
 また、音が止んだ。
 辺りが静寂に包まれる。

 「  ミーツケタ!  」

  晴美のヌチャラ星人はそれ以降、何も言わなくなった。
 懐中電灯を地面に向けて、ゆっくりと動かす。真島と辺りを見渡す。
 見つけた。
 地面に転がるヌチャラ星人を俺は拾い上げる。真島が、見やすいように佳世のヌチャラ星人を照らしてくれた。そのヌチャラ星人には、血痕が付いていた。
 俺は、無意識に願い事ボイスのボタンを押していた。

「 晴美が死んで、悟が私だけを見てくれますように 」

 今度は、真島が晴美の願い事ボイスのボタンを押した。

 「 悟と結ばれますように 」


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