見出し画像

ズッ友 第六話

第六話

「海で田辺先生を目撃した事は、警察に伝えましたか?」
「はい、伝えました。でも、駄目でした」
 私はそう答えた後、思わず顔を顰めてしまった。なぜなら、警察が言うには田辺先生にはアリバイがあるらしいからだ。その日、田辺先生は入院中である母親のお見舞いに行っていた事が栗島病院の面会記録から分かった。栗島病院から海までは車やバイクを使えば約三時間、電車なら約四時間掛かる。決して行けない距離ではない。しかし、その面会記録の時間によると十六時に母親の面会に来ていた事が分かっている。しかも、病院の監視カメラからも、その時間帯に田辺先生が栗島病院にいた事が証明されている。海で田辺先生を目撃したのは十六時三十分頃だった事から、警察は私達が見間違いをしたのだろうと考えた。所謂、他人の空似という事で片付けられた。
「田辺先生を目撃したのは、皆んな一緒にいる時に見掛けたの?」
 竜晴が聞いてきた。
「いえ、見たのは佳世です。佳世と圭佑が飲み物を買ってくる時に見たらしいです。すぐに見失っちゃったみたいですけど」
「なんだよ。いかにも自分が田辺を見ました風に喋ってたけど、お前は見てないのかよ!」
 と竜晴が言ってきた。でも、佳世が見たって言うんだから、田辺先生は絶対にいたに違いない。なるほど、なるほど、と僧侶は今度は人差し指でこめかみを突き始めた。
「晴美さんが体調が悪くなって皆んなと離れた時間と、いないと気付いたのはいつ頃だったのかな?」
「私達は十時頃には海水浴場に来ていて、水着に着替えたりして何やかんや海に入ったのが十一時頃でした。そこから遊び始めてお昼ご飯を食べるのがだいぶずれ込んじゃって、確かお昼は海の家で十四時頃に食べました」
 竜晴が「いいなー、俺も女の子と海行きたーい」と呟いたが、私は反応しなかった。
「十五時三十分頃にまた遊び始めたんですけど、直ぐに晴美が体調悪くなっちゃったみたいで、私達が設置したパラソルの下で休んでくるって、晴美、お昼ご飯を食べすぎちゃったみたいです。笑いながら言うからそこまで辛くないのかなと、その時私は軽く考えていました」
 また、竜晴が「よく細かく時間まで覚えてんね」と言ってきたので、ちょっとムッとした。
「この間、一応警察にも細かく聞かれましたので!十六時三十分頃、晴美の体調も心配だから様子を見てこようって、パラソルに戻る事に決めたんです。その時、佳世が晴美にも飲み物買ってくるからって、あの子気が効く優しい子なんですよ。佳世と圭佑が飲み物買う為に私達とは別行動になったんです。でも、もう既に私と悟がパラソルに戻った時には、晴美はいませんでした。レジャーシートの上に晴美のスマホが置いてあって、『不用心だな』って悟が言っていたのは覚えています。私もそう思いましたし。たぶん、トイレとか冷たい物でも買いに行ったのかもしれないから、待ってみようという事になりました。暫く経ってから佳世と圭佑が戻ってきたんですけど、まだ晴美は帰っていませんでした」
 僧侶は頷きながら、どんどんと話を進めていく。
「それで、晴美さんを皆んなで探し始めたのが十七時過ぎ頃ですかね?どこら辺を探したのですか?」
「海側を悟と圭佑が探して、砂浜を私と佳世が一緒に探しました。でも、海水浴場広いし、人も多かったから最終的には一人ずつバラバラに探す事になりました」
「そりゃそうだ。ペアになって探すなんて、効率悪すぎっ」
 と、竜晴は間髪入れずに言った。何か鼻に付く人だな、と私は思いながらも晴美の為と思いながら話を続ける。
「それでも、見つからなくて……。いよいよ、ヤバいんじゃないかって。取り敢えず、もしかしたら、体調悪過ぎて私達に告げる間もなく家に帰ったことも考えられるから、それで晴美の家に電話したんです。でも……」
「帰っていなかった訳ですね」
 私は静かに頷いた。もし、あの時「晴美、帰って来てるよ。うちの晴美が心配掛けて済まなかったね」と晴美の両親から言われていたら、どれだけ良かった事か。そしたら、あの時の私達の張り詰めた空気の糸も切れて、「なんだ心配して損したー」「マジで心配したわ」など口々に言って、何事もない日常に戻れただろう。しかし、現実はそうはいかなかった。晴美の両親からは、「……え?うちの子、まだ帰ってきてませんけど……?」という望まぬ答えだった。私達は、胸に大きな鉛を落とされたような絶望感に襲われた。
「それから、事態の深刻さに気が付いた晴美の父親は警察に連絡してくれて、晴美の捜査が始まりました。晴美のお母さんは取り乱しちゃって、今でも晴美の死を受け入れられないでいるみたいです」
「そうですよね。急に大切にしていた娘が亡くなったら、動揺もするでしょうね。因みに、警察が到着したのは何時頃ですか?」
「十九時頃だったと思います。警察が来てからも、その場で状況とか聞かれ、私達があの海水浴場を出たのは二十一時前でした」
 今でも思い出す。帰りはパトカーでそれぞれの家まで送ってもらったけど、皆んな一様に一言も喋らなかった。私はその夜なかなか寝付けず、ヌチャラ星人をギュッと抱きしめて、警察が探してくれているんだから大丈夫だと、自分に言い聞かせたんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?