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ズッ友 第九話

第九話

 島波高校は男女共学の、市内では偏差値トップの高校で非常に人気が高い。高校の駐車スペースにバイクを停めると、竜晴はキョロキョロしている。因みに、竜晴が通う九十九高校は男子高で偏差値は中の下だ。今まさに、竜晴は女の子を探している最中である。そんな竜晴に疑問に思って聞く。
「真波さんは、駄目なの?」
 竜晴は勢いよく此方に振り返ると、
「駄目というよりアイツは田辺の事が好きだし、考え方が極端で、鈍感だし、悪趣味なヌチャラ星人にハマってる時点でないな!」
 可愛いのに勿体無い、と竜晴はブツクサ言いながら、教職員室を目指す。私もそれに続く。それにしても、島波高校に行くのをあんなに嫌がっていたのに、随分積極的になったものだと感心する。一昨日の早朝の出来事が脳裏に蘇る。けたたましい叫び声が聞こえた方に行ってみると、洗面所に顔面血まみれの竜晴がいた。非常に興味深い、と表情を出す事なく喜んでいると、住職も駆け付けた。住職は風呂場に竜晴を引っ張っていき、何処からともなく清めの塩を取り出し、昨日の風呂に「これでもかっ!」という程ぶちまけた。そして、竜晴を風呂に放り投げたのだ。恐らくこの出来事が、竜晴を島波高校に向かわせた原因だろう。
 教職員室の前に着くと、竜晴はピタッと止まった。「苦手なんだよねー」とすごく嫌そうな顔を此方に向けた。確かに、不良にとっては天敵の縄張りに入るようなもの、私にもその気持ちはよく分かる。
 「代わろう」と今度は私が率先して前に出た。ノックし、扉をスライドさせる。夏休みの教職員室というものは静かなものだ。数名の教師が一斉に視線を此方に向けた。そのうちの一人が、慌てて此方に駆け寄る。
「この度はご足労頂き、誠にありがとうございます。私は担任の田辺と申します」
 と、お布施を手渡された。一礼して、懐に仕舞う。ボサボサの寝癖だらけの髪をガリガリと掻きむしり、田辺はへの字の口と虚な目で精一杯感謝を述べた。
「生徒のメンタルケアの為に、わざわざご連絡頂き感謝しております」
 田辺は廊下へ出るよう私達を促した。
「あんな事故があって、まだ動揺している生徒もいます。仲が良かった子達は、特に……」
「そうでしょう。少しでも気持ちが軽くなるように此方も尽力したいと思いますが、一回では難しいかもしれません」
「勿論です!何回でも来て頂けたら、此方としても幸いです」
 田辺は二年一組の教室に入った。そこには、誰も居なかった。田辺は、「全くっ!」と憤りながら、
 「申し訳ありません。まだ、来てないようで……。あれ程、遅刻厳禁だと言ったのに!もう暫くお待ちください」
 と、何度もペコペコしながら教室から出て行った。竜晴を見ると田辺の顔を目で追って、不思議そうに首を傾げたかと思うと、急にスイッチが切り替わったように窓際まで行き、机の上に座る。そして、「成程ね」と言った。
「何が成程ね、なんだ?」
「袈裟さ。僧侶である事を良いことに前もって生徒のメンタルケアを申し出て、生徒に接触図るなんて計画的過ぎて、怖いわー」
「寧ろ、手際の良さを褒めてほしいくらいだよ。それにしても、良い先生じゃないか」
「何で?」
「お布施の封筒には学校名ではなく、田辺先生の名前しか書かれていなかった。つまり、田辺先生の自腹って事さ。生徒想いだね、感心、感心」


 その時ガラガラと扉が開いて、悟、圭佑、真波、佳世が入ってきた。真波だけ、お辞儀した。
「こんにちは、今日は呼び出してしまって申し訳なかったね。成宮晴美さんと仲が良かった君たちは特に心を傷めていると思う。だからね、今回、先生の計らいで個別にお話しさせてもらおうと思うんだ。部活の事でも、勉学の事でも、恋愛の事でも……勿論、あの日の海での事でも何でも話してもらって構わないよ」
 私はなるべく優しく語り掛けた。知りたい情報をスムーズに聴き出すために、この子達の警戒心を解いておきたかった。しかし、必要ない、という無言の意思表示をされてしまった。ここまで来たはいいものの、やはり他校の同世代と関わりたくないのか、竜晴も無言を貫いている。そんな沈黙を破ったのは、真波だった。
「……私は、喋りたい事たくさんあるなー。私のヌチャラ星人を拾ってくれたの竜晴くんなんだよ!こっちの僧侶さんはヌチャラ星人の事知ってて、この間ヌチャラ星人の話題で盛り上がっちゃったんだー」
 竜晴は女子から下の名前を呼ばれて、ドギマギしているのが表情から読み取れる。私はそんな竜晴を他所に真波と親睦を深めておいて良かった、と心底思った。真波は、「私が一番最初ね!」と皆んなを隣の教室に追いやった。


 友達がいなくなると真波は、鋭い目つきで私達を見た。
「あの時は何も考えずに、皆んなに話を聞いていいと言ってしまいましたが、もしかして、私達の中に犯人がいると疑っているんですか?」
 私はどう答えるべきか、思案した。「そうだ」と肯定すれば、「友達を売るような真似はできない」と言いかねないし、「違う」と否定すれば、「じゃあ、犯人は誰なんですか!やっぱり、田辺先生ですか?!」とカラ回った追求をしかねない。どうしたものか。なかなか答えない私に痺れを切らしたのか、真波が口を開いた。
「じゃあ、私も皆んなの話を一緒に聞きたい!あの日以来、晴美の話や海の話はしなくなったから、私も一緒に聞いて皆んなが無実だって証明してみせます!」
 私が「う〜ん」と困っていると、竜晴が間髪入れずに、
「お前駄目!私的感情入り過ぎる!」
 と、真波の腕を引っ張って教室から追い出してしまった。そして、「次の人、どうぞ〜」と病院の先生の如く言った。


 暫くして、教室に入ってきたのが圭佑だった。竜晴や悟より体格ががっしりしている。下手したら、私より筋肉が発達しているかも知れない。圭佑は竜晴を見てから、私を見た。
「ホントに話すことないんだけど」
 彼はぶっきらぼうに言った。
「圭佑さんは、体格がいいね。何かスポーツやっているの?」
 たわいも無い話で様子を窺う。
「ラグビーっす」
「高校でラグビー部あるの、珍しいね」
「中学の頃からラグビーがやりたくて、ラグビー部がある高校を選びました」
「ここ偏差値高いから大変だったでしょ?将来はラグビー選手になりたいの?」
「将来までは考えてないけど、大学でもラグビーやりたいと思ってます」
 ポツポツと短い言葉のやり取りが続いた。そろそろいいかな、と本題を切り出す。
「ビーチラグビーも結構面白いものだよ。海に行った時やってる人いなかったかな?」
「いえ、結構混んでいたんで、危ないからやっている人いなかったと思います」
「海、混んでたんだね。晴美さんが体調悪くなっちゃたのは、人混みの所為もあるかも知れないね」
「そうかも知れないです。あの時、晴美が体調悪くなった時点で皆んなで帰れば良かったと後悔してます」
「自分を責めてはいけないよ。圭佑さんは晴美さんと仲が良かったのかな?」
 圭佑は少し考えた後に、
「俺は悟と一年の頃からダチだったから、悟があの女子三人と仲が良かったから、その延長みたいな感じっすね」
「そうなんだね。晴美さんが行方不明だと知る前に、佳世さんと圭佑さんは飲み物を買いに行ったって聞いたんだけど?」
「佳世が喉渇いたから飲み物買いに行くって言うから、俺も着いて行ったんすよ。列に並んでいる最中に『ホントはお腹ずっと痛くって、トイレ行きたかったの。ごめん、ここで待ってて』って。飲み物買い終わって、暫く経ってから戻ってきた。その後、ちょっとモジモジしながら『皆んなには、恥ずかしいから黙っててね』って、アイツ女の子らしいとこもあるんだなって思いました」
「成程。その後、晴美さんが行方不明だと知ったのですね。その後は、皆んなで捜索したのですか?」
「はい。俺と悟は、海のエリアを探していこうってなりました。佳世と真波は砂浜エリアを探していました」
 私は圭佑にはこれ以上聞く事がなくなり、ちらっと竜晴を見た。竜晴は下を向いて爪をいじっている。
「圭佑さん。お話を聞く事が出来て、良かったです」と締め括った。


 次に入ってきたのは悟だった。葬儀の時に取り乱していた子だ。悟には直球で話そうと、直感で思った。
「お葬式の時、だいぶ取り乱していたね」
「……好きでしたから、晴美のこと」
「いつから好きだったの?」
「二年になってクラス替えで、幼馴染の佳世と晴美が仲良かったんですよ。それで、俺も仲良くなって、いつの間にか好きになっていました」
 気持ちが落ちているからか、此方を見ることなく会話が続く。
「まさか、海であんな事になるなんて誰も想像出来ないよ。晴美さんが行方不明になってから悟さんは何処を捜索しましたか?」
「俺は圭佑とは別々に海を探しました」
「佳世さんと真波さんは、どうでしたか?」
 悟は少し考えるように目線を上げた後、また力なく目線を下げた。
「確か、始めは二人で探してたみたいですけど、広い砂浜を探すには効率が悪いって気付いたんでしょうね。別々に探し始めたみたいですよ。皆んな、スマホ片手に走り回りました。でも、俺たちでは探し出すことが出来なかった。もしも、晴美をもっと早く見つけていたら、こんな事にはならなかったのに」
 悟は、苦虫をすり潰すような顔をした。


 佳世は机にスマホを置き、席に着くなり、
「これって尋問なんですよね?真波から聞きました。私達の中に犯人がいるとでも?そこの人が晴美の幽霊が見えるなんて、最低な嘘をついて、皆んな傷付いているのに酷いですっ……!」
 と、目に涙を溜めながら言ってきた。指をさされた竜晴は、何も言わずにそっぽを向いた。
「そう感じさせてしまったのなら、申し訳ない。幽霊っていうのは本当でね、実はここだけの話、私達は田辺先生が晴美さんを殺害したのではないかと考えているんだ」
 佳世もそうだが、相変わらず窓際の机の上に行儀悪く座っている竜晴も目を丸くしている。
「田辺先生が……?」
「だから、あの時の状況を少しでも知りたいんだ。教えてくれるかな?」
「そう言う事なら、わかりました。何を聞きたいんですか?」
「あの海で田辺先生を見かけたっていうのは本当かい?」
「はい。圭佑と歩いている時に見かけたんです、田辺先生を。直ぐに人混みに紛れてしまったけど。きっと晴美をストーカーしてたんだ!でも、警察はアリバイがあるからって取り合ってくれませんでした」
「他にも、田辺先生に不審な点はあるかな?」
 佳世は、直ぐに答えた。
「学校では、晴美を特別扱いしていました。妙に目に掛けていたような。晴美、困っていたと思います。私それを見てられなくて、真波に相談したんです。そしたら真波、すごくショックを受けていました」
 私は、何度も頷いてみせた。
「海での話に戻るけど、田辺先生を見かけたのは圭佑さんと飲み物を買いに行った時なんだよね?そういえば、お腹を壊してしまったと圭佑さんから聞いたよ。大変だったね」
 佳世は、一気に顔が真っ赤になった。
「恥ずかしいから、言わないでって言ったのに!」
 と、頬を膨らませた。私は机に置かれたスマホを見た。
「海では災難だったね。腹痛に続き、ヌチャラ星人もなくしちゃったんだって?真波さんが、残念がっていたよ」
 佳世は自分のスマホを見つめた。
「スマホ持って、晴美の事探し回っていたから、いつの間にか落としちゃっていたみたいで。スマホに付けてると落ちやすいから」
 「真波は鞄に付けてても落としてたけどな」と竜晴が横から口出した。
「私と晴美はスマホショルダーに付けていて、真波は鞄に付けていたんです。二人はヌチャラ星人可愛がっていたけど、私は好きじゃないかな。だって、可愛くないじゃないですか。なんで流行ってるんだろ」
 すかさず、竜晴は「分かる!」と言うと、私達の前で始めて佳世が笑った。


 島波高校からの帰り、私は竜晴にこう提案した。
「明日は、お勤めが終わってから海に行こう」

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