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ズッ友 第四話

第四話

 真島さんは真面目だが、たまに冗談も言う。社務所の寺務員さんにも気に入られている。まだ、眼福寺で働き始めて三ヶ月しか経っていないというのに、大抵の事は卒なくこなしているからすごい。しかも、母さんが亡くなってからは親父と二人暮らしなので、毎度の飯に困る訳だが、今はどうだ?真島が来てからは飯も準備してくれるし、至れり尽くせりだ。でも、ちょっとあの人変なんだよなぁと、今まさに話しながら思った。

「自殺幇助した者がいたとして、その見返りに小指二本を差し出したとか」
  いやいや、ヤバすぎでしょ!この人。
「何、そのサイコパスな考え!怖すぎなんですけど!真島さん、ちょっと引くわ……」
 俺の本音が出てしまうことはいつも通りだが、流石に言わなければ良かったと後悔する。だって、本物のサイコパスなら怒りに任せて何をするか分からないからだ。だが、当の真島は怒った様子もなく、寧ろ普段通りの表情の奥の方に、何故だか嬉々としたものを感じたのは気のせいか?真島の事を掴みどころの無い奴だと思っていた、その時、遠くから「おーーーい!」という声が聞こえてきた。
 華丸さんが、重い腹の肉をたぽたぽと揺らしながら、境内へと続く階段を上がって来た。華丸さんは眼福寺に勤めて長い。俺が幼い頃から居るから十年は過ぎているだろう。眼福寺の副住職を任されている。眼福寺はそれ程大きくない寺院なので、真島が来る前まではこの二人だけだった。華丸さんが辞める訳ではないのに、何故真島を雇ったのだろうと、時々不思議に思う。
 最後の一段を登り終えた華丸さんは、周りの蝉の声を掻き消す程の荒い呼吸を整えようと必死だ。彼は自分が出す蒸気で曇った丸いメガネを一度外し、メガネ拭きがないので作務衣の袖で拭いた。
「来客です!」
「来客なら、親父はここにはいないよ」
「いえ、竜晴くんにですよ」
「へ?」
 友達ならわざわざ人伝てに来訪を伝えないだろうし、「心当たりがないんだけど」と言おうとした時、あのブサイクなぬいぐるみが脳裏に過ぎった。
「……もしかして、成宮晴美の友達?」
「そうです。何でも落とし物をしらないかと」
 ビンゴだ。正直なところ、早くあのブサイクなキーホルダーをどうにかしたかった。
「その子、今何処にいるの?」
「鹿島家の居間にお通ししましたよ」
 その言葉が終わると同時に、グィッと腕を掴まれた。有無を言わさず、真島は俺の腕を引っ張って階段を急かすように降りる。すると、真島は階段の中段辺りで、不意に振り返った。
「良かったな」
 その目は、好奇心を抑えきれないと言わんばかりのギラギラとした目をしていた。


「急に来てしまって、申し訳ありません」
 その女子学生は、見知らぬ人の家にポツンと置き去りにされて、何処か所在なげだった。
「あれだよね?あのブサ……ぬいぐるみが付いたキーホルダー」
「そうです!落としてしまって……。大切な物だったから」
「大切な物って、彼氏さんからのプレゼントとか?」
 真島が、麦茶を女子学生に出しながら聞いた。すると、フルフルと頭を振り、全力で否定した。そして、ちょっと寂しそうにこう言った。
「……晴美と佳世と私の三人で、色違いのお揃いなんです」
「そっか」
 その後、なんて言ったらいいか迷った俺の代わりに真島が続いた。
「あのキャラクター可愛いよね。今、女子高生の間で人気があって、確か、名前は……」
「ヌチャラ星人です!!可愛いですよね!口がへの字になってて、目は何処を見ているか分からない虚無の表情!頼りなげな雰囲気だから守ってあげたくなっちゃう!それに、色のバリエーションが沢山あって、三人で買う時どの色にするか迷っちゃいました!」
 女子学生はいきなり鼻息荒く、早口でヌチャラ星人とやらの愛らしさを熱弁してきた。あれが可愛い?俺は人の感性とはそれぞれ違うのだな、としみじみ思った。いや、一番驚くべき事は真島がヌチャラ星人を知っていた事だ。まさか、自分が知らなかった女子高生の流行についていけるとは、この男侮れない。
「竜晴、そろそろ部屋からヌチャラ星人を連れてきてあげたら?」
 そう促され、二階の部屋に行ってヌチャラ星人を手にした時、まさかあの人女子学生に成宮晴美の事聞き出したりしないよな、と一抹の不安を覚えた。それは、無神経にも程がある!足早に居間に戻ると、どうやら取り越し苦労だったらしい。女子学生と真島は楽しそうに談笑していた。話題は相変わらず、ヌチャラ星人のようだ。
「はい。あの時、直ぐに返せなくて悪かったな」
 女子学生は、嬉しそうにヌチャラ星人を両手で受け止めて、胸の近くに抱き寄せた。これで、無事返せたし、一件落着。そう安心したのは、束の間だった。真島が余計な一言をいうまでは。
「君はさ、成宮晴美さんが【本当に】事故死だと思うかい?」
 一瞬にして、女子学生の表情が凍り付いた。

「名乗るが遅くなりました。私は、島波高校二年の辻本真波と言います。ご存知の通り、成宮晴美の友人です」
 辻本真波はさっきとは打って変わって、神妙な顔をしている。まだ、話そうか逡巡しているようだ。真波の表情からして、彼女もまた成宮晴美の死因について疑問に思っているに違いない。果たして、彼女にそう思わせる原因は一体何なのだろうか?突き止めたい、という欲求が真島の中を駆け巡った。
「辻本さん、安心して下さい。私はまだ眼福寺に勤めて日の浅い、若輩者です。しかし、ここにいる鹿島竜晴は眼福寺の若院。しかも、彼は特別でね、見える質なんですよ」
「若院?見える質って、どういう事ですか?」
 真波の顔からは、はてなマークが浮かんでいる。私が横目で竜晴を見ると、「は!?」と驚きと怒りが入り混じった顔していた。
「若院っていうのは、この寺の跡取り息子って意味だよ。見える質っていうのは、言葉の意味そのままさ。ここにいる竜晴はね、あの葬式の日、成宮晴美の幽霊を見たんだよ」
 ただでさえ大きな真波の目は、更に大きく開かれた。
「……晴美の幽霊を?本当に?」
 真波はゆっくりと竜晴の方を向いた。竜晴は浮かない顔で「確かに、見た」とだけ言った。
「晴美は何か言っていましたか?何か伝えたい事があるから出てきたんでしょ?」
 その質問に竜晴は、何も答えなかった。
「真波さんが、晴美さんの死因が事故死じゃないって思っている理由を聞いてもいいかな?」
 真波は重い口を開いた。
「晴美と最後に過ごした海で、いる筈のない田辺先生を見たんです。田辺先生、なんか晴美を特別扱いしてたから。好意を持っていたっていう噂もあって、晴美は嫌がっていたけど」
「田辺先生って、お葬式の時に皆んなと一緒にいた人?」
「そうです!私達のクラスの担任なんですけど、暗くて何を考えているかよく分からないから、私はあまり好きな先生じゃないです」
 真波の口振りから、相当嫌いなんだと伝わってくる。確かに、葬式で一度会っただけだが、何とも陰鬱な空気を纏った教師だった。葬式での田辺先生の様子は、そこまで注意深く見ていなかったが、落ち込んで項垂れていたのは見て取れた。しかし、それは葬式では至って普通の反応と言えるだろう。可愛い教え子が死んだ反応としては何ら違和感を覚えなかった。
「それでは、真波さんは田辺先生が晴美さんを殺したと?」
「だって、海に一人でいるなんて怪しいじゃないですか!」
 真波が力説すると、今まで黙っていた竜晴がブハッと堪えきれないとばかりに吹き出した。
「あははっ!真島さんこの間の休日、バイク飛ばして、一人で海まで行ってたよね?」
 真波はギョッとした顔で、私を見た。
「大人にはね、色々あるんだよ。君たちには分からないと思うけど。一人になって、海を見て黄昏たっていいじゃないか」
「あのおっかない親父の下で働いてるんだったら、そりゃストレスも溜まるよねー」
 竜晴はニヤニヤしながら言ってきたが、その言葉はスルーして話を続ける。
「あの海での出来事や学校で違和感を感じた事があれば、詳しく教えてくれないかな?実はね、私達も成宮晴美さんの死因は事故ではないと思っているんだ」
「そうなんですか?……分かりました。私が知っている事をお話しします。ですから、晴美が成仏できるようにしてやって下さい。このままじゃ、晴美が可哀想ですから」

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