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小さな決断が、野球場で繋いでくれたもの


「やばいっ、地震だ! 外に出て! 早く!」

決して忘れることができない、あの日。

ドカンッ

自宅でテレビを観ながらぐうたらしていた私は、下から突き上げるような大きな揺れに驚き、飛び起きた。

微睡みながら寝ていた猫は、毛を逆立てたまま一目散に外へ飛び出していく。
母は血相を変え、急いで窓や扉を開けにいく。
大きな食器棚が、ゆらゆらと揺れている。

何が何だかわからないまま、スニーカーを引っかけて外へ出る。
近くの駐車場まで走る。
ぐわんぐわん、と視界が揺れた。

「そこ、危ないからこっちおいで!」
先に駐車場に着いた母が、電柱の近くでおろおろしている女性2人に声をかけていた。

ドシンッ グラッ……
地面が揺れ続ける。もう、立っていられない。
ギシッ…ギシッ…
地割れするかもしれない。
思わずその場にしゃがみこむ。
ギシッ…ギシッ…
怖い。どうしよう。

兄貴とお父さんは。
おばあちゃんおじいちゃんは。
さっき走って行った猫は……
ああ、もしかして、もしかすると。
このままこの世は終わってしまうのかもしれない。

数秒の間に、埼玉にいる私でさえそう感じるほどの揺れだった。

何分その場にいたのかは覚えていない。
ようやく揺れがおさまり、フラフラな足で自宅へ戻ると、棚の物がいくつか落ちているのが目に入る。2階は、窓が全開になっていること以外、特に被害はない。

目の前の光景と心臓の鼓動の早さは相反しているようで、「もしかして、さっきのは夢?」と思うほどだった。

けれど、その後テレビに映し出された光景は、私を一気に現実に引き戻した。
さっき体験した揺れよりも、ずっと辛くて重く、しんどい光景を目の当たりにする。
受け止めきれるわけがなかった。

そのしんどさは日に日に心の中を這うように広がり、やがて深い無力感へと繋がっていった。

SNSでつい情けないつぶやきを投稿すると、コメントがついた。
「震災の本当の大変さなんてちっともわからないくせに!」
「埼玉の揺れがなんだってんだ!」

確かにそうだ、と思った。
被災地で今も大変な想いをしている人がいるというのに、埼玉にいる私がどうこう言って良い問題じゃないのだろう。

その日から私は、3月11日に触れることを、やめてしまった。

・・・

人生は、小さな選択と決断の連続だ。
それはすなわち、私にとって、後悔の連続でもある。

あと5分早く起きていれば。
昨日の夜、ご飯をおかわりしていなければ。
なんて、小さな後悔もあれば、
別の会社を第一志望にしていれば。
大好きだったあの人に、ちゃんと告白していれば。
なんて、その後の人生に関わりそうな後悔もある。

その後悔はいつも、自分の行動に対するものだった。

けれど、選択だけではどうにもならないことがあるということ。
何をどう選んだって、あの日あの時間に地震は起きていただろう。
私のちっぽけな選択なんて、世界の何にも影響することはないのだ、と。

神様は乗り越えられる試練しか与えないなんて言うけれど、そんなの嘘じゃないか。神様なんていないじゃないかと、何も見えない空に向かって怒ってみたりもした。
けれど、現実は少しも変わらない。
時間は1秒たりとも元に戻ることはない。
いつだって、どんな時だって、たとえ少し立ち止まったとしたって、私たちは前に進んでいかなくちゃならない。

あれから12年の月日が過ぎた。
12年、生きた。
感じることは、見えるものは、きっと1人1人異なるのだろうと思う。

あの時の選択は間違っていたのではないか、もっとこうすれば良かったのではないか、とちいさな後悔を重ねながらも、私は生きてきた。

けれど、その人生のちいさな"選択"というものは一度だけではなく、その先の未来に、出会いに繋がっている、と教えてくれたある家族がいた。

あの家族の名前を、私は知らない。

けれど今日は、その家族のことを、その家族がくれた言葉のことを書きたいと思う。

どうか、許して欲しい。


・・・


「冷たい生ビール、いかがですかー!」
ひとすじの汗が、ポニーテールの毛先から首筋へと流れ、くたくたになったオレンジ色のタオルに染みてくる。
野球場のビールの売り子。一見華やかに見えてとてつもなく泥くさいこの仕事が、私は好きだ。

「りりちゃん、こっちこっち! 2つ、お願いね」
1塁側、バックネット寄りのA席通路側、常連のタケナカさん。今日は残業だったのか、いつもより到着が遅い。初めて見る後輩らしき若者の世話をしながら、ジャケットを脱いでユニホームに着替えている。
「はーい! ありがとうございます。今日は多分8ウラ30までだから、あと3杯は飲めますね」
樽替えをしてきたばかりで、ビールはキンキンに冷えている。タワーのように積み重なった透明カップを2つ左手にセットし、勢いよくビールを注ぐ。泡はすこし少なめに、胸に下げたクリップからおつまみを2つ外して添える。ちょうど、2000円。

タケナカさんは、1杯目に必ずおつまみを買う。
席についたばかりで、きっと細かい釣銭が面倒なのだろう。縦に折りたたんだ千円札を2つ私の右手にすうと滑らせると、純白の泡がふわりと乗ったカップを両手で受け取った。
「今日はあと5杯いくよ! またあとでね」
「はーい。今日も楽しんでくださいね」
お礼を言いながら階段をひとつ上ると、少し上擦ったウグイス嬢の声が、私の足を止めた。
「三番ライト、高橋ーー三番ライト、高橋ーー」
身体がぞくっと震える。
私にとって唯一無二のヒーローが打席に向かうこの感じは、何度経験しても慣れるものではない。
『見てください。レフトスタンドからも拍手が沸き起こっています』
『彼は平成スターの1人ですから。最近調子も良いし、今日も一発、期待したいですねぇ』
通路で身を乗り出す女性の携帯から、少し遅れてラジオの音が聞こえてきた。

私が野球を好きになったのは、小学3年生の頃。
母に連れられて初めて観に行ったプロ野球は、その後の人生を大きく変えた。
私が初めて野球を観た日、ホームランを打ったのが、高橋選手だった。大きく弧を描いたボールが私たちのいるスタンドに入ると、これまで聞いたことのない熱気と歓声が体を覆う。
金管楽器の応援団に、肩を組むサラリーマンの大合唱、タオルを振り回す大勢の観客。
お祭り騒ぎのライトスタンドの中から見上げたバックスクリーン。
そこに映る彼の背中はあまりにも冷静で、まるで覚悟を決めた戦国武将みたいに見えた。

「高橋選手のホームラン、やったね!」
ポン、と何かが弾けるような明るい声。ふと右を向くと、少し前に母が買ったビールのお姉さんが立っていた。えんじ色の帽子に、かわいいショートパンツ。にこっと白い歯をのぞかせた笑顔は、帽子に飾られた向日葵よりも、うんと華やかで綺麗だ。
「私も……お姉さんみたいに、なれるかな」
自分でも予想していなかった心の声だった。
母が目を丸くして顔を覗き込んでくる。
「えーっ、そんな風に思ってくれるの? 嬉しいな。ビールは重くてちょっと大変だけど、野球が好きなら、この仕事は絶対に楽しいよ」
私の頭にぽんと手を置くと、上のお客さんに呼ばれて、お姉さんはすぐに行ってしまった。

心の宣誓を忘れないように、私はぎゅっと右手を握った。


あれから10年経ち、私はもっともっと野球が大好きになって、そして人生で初めてのアルバイトで売り子に応募した。
運良く合格し、売り子として働き始めたのはいいけれど、それはそれは、想像通りに、いや、想像以上に、大変だった。

13キロの樽を背負いながら笑顔で2時間半階段を上り下りするのは、肉体的に結構きつい。それに加えて、女社会、毎日つけられる順位というプレッシャー、腱鞘炎、捻挫、筋肉痛。
大学のゼミが重なるとバイトに出られず、チャンスを逃すことも多かった。思い描いた世界と現実の溝は深く、早く試合が終わればいいのに……と心で祈ってしまう日もあった。

あんなに好きだった野球を嫌いになりそうな自分が、何よりも怖かった。
幼いころの自分の夢が、今の自分を悩ませていることを認めるのも、悔しかった。
こんな思いをするくらいなら、いっそ辞めてしまおうか…
そんな悩みを抱えていた時だった。あの地震が起きたのは。

2011年3月。
プロ野球も、他のイベントと同様に、開幕は延期された。
その間、売り子はもちろん全日休業だ。収入も0で、大して貯金もない。大学へ行く以外は家で過ごす時間がほとんどで、気を紛らわすこともできず、深い悲しみと不安の渦から抜け出せずにいた。
毎日テレビから入ってくる情報が、胸をぎゅうぎゅうと締めつける。

何もできない自分に、腹が立った。もどかしかった。
でも、どうすればいいのかわからない。少しばかりのお金を募金するくらいしかできない。
得体の知れない不安をかき消すように部屋の大掃除を始めると、スクラップブックに挟んだ新聞記事が目に入る。ホームラン記事の切り抜きだった。

そういえば、この時だったな、私が野球を好きになったのは。
感動っていう感情に気づいたのも、たぶんこの日が初めてだった。
胸がドクドク熱くなって、奮い立たされて、底知れないパワーが湧いてくるような……

はっとした。
野球というスポーツと出会い、そしてあの球場の大歓声の中で働きたい、近づきたいと思ったわくわくした気持ち。自分が辛かったときに、野球を観て元気をもらった記憶。
不思議なくらい、ポン、と感覚が蘇った。

私は野球選手ではない。偉大なアーティストでも、大富豪でもない。
直接誰かのためになる大きなことをすることはできない。
でも、それでも、何かできることはないのか。
うじうじ下を向いていても、何の解決にもならない。
それなら、私は今自分にできることを精一杯やるしかないんじゃないのか。

私はもう少しだけ、売り子を続けてみることに決めた。



予定より約1ヶ月遅れ、2011年のプロ野球は開幕した。
節電のため、来場者に無料でうちわが配布されたり、イニング間にはファンが自転車を漕いで自家発電イベントが行われるなど、例年とは違う光景でありながらも、少しずつ日常が戻ってくるように感じていた。
売り子として2年目の夏を迎えた私は、1年目よりほんの少しだけ度胸もついた。

あの日は、とても暑い夏の日だった。
ユニフォームがぺったりと身体に張り付く感覚があった。

「すみません、お姉さん。3杯お願いできますか?」
柔らかくて、品のある声。1塁側の上段、綺麗な白髪の老婦人と目が合った。
「ありがとうございます。3杯ですね。少々お待ちください」
「あと、1つお願いがあるのだけれど……」
声を少し低くしながら、彼女は遠慮がちにそっと呟いた。
「もし良かったら、あとで孫と一緒に写真を撮ってくださらない?」
ふと横を見ると、小学生くらいの男の子と小さな女の子、お父さんとお母さんも一緒に座っていた。5人家族だった。
「あっ、はい! じゃあ、先に撮りましょうか。後ろの通路でもいいですか?」
「わぁ、ありがとう。ビールの前に、ごめんなさいね」
「いいんですよ。ちょうど、通路に出るところだったので」
硬いたこのできた歪な右手で持ちかけたホースを胸元のフックにかけながら、目線を下に向ける。
トントンと軽やかに階段を上る少年の小さな背には、高橋選手の背番号があった。

「すみません。子どもがどうしてもって聞かなくって、無理なお願いを……」
カメラを肩にかけたお父さんと小柄のお母さんは、申し訳なさそうにぺこりぺこりと頭を下げた。
「いえいえ。全然良いんですよ。私で良ければ!」
ビールもそれなりに売れているし、ちょうどもうすぐ樽替えのタイミングだ。5人の席は一番上で、通路に出るのも時間はかからなかった。

「それじゃ、2人の間にお姉さんが立って撮ればいいかな?」
「ううん。撮るのは、僕だけ!」
てっきり女の子が一緒に撮りたいのかと思っていたら、男の子のほうだった。
「じゃあ、ぼく、一緒に撮ろうか」
「うん。お姉さんは、こっち。僕は、こっち」
「あ、うん。わかった」
少年は、胸にさげたチケットホルダーを誇らしげにカメラに掲げてピースサインを作った。
その隣に私が立つ。
ヒーローショーのウルトラマンはこんな気持ちなのかもしれない、とふと思った。

「はーい、じゃあ、こっち向いて。ハイ、チーズ! 」
お母さんの声に合わせ、シャッターがパチリと切られる。
少年は私の顔を見上げ、少しはにかみながら、ありがと、と呟いてくれた。
「こちらこそ、ありがとうね」
少年の頭にぽんと手を置くと、野球帽のタグに黒いペンで書かれた文字が滲んでいるのに気づく。東北の、とある地域とチームの名前だった。
「ぼく、野球やってるの?」
「うーん、うん。少し前まで、やってた」
「ポジションはどこ?」
「……ライト」
「すごいじゃん! 今はもうやってないの?」
「うん。まだ、やってない」
「これからやるといいよ。頑張れば、高橋選手みたいなヒーローになれるかもしれないね」
「お姉さんも、ヒーローみたいだったよ」

「えっ……?」
私は思いもよらない返答に、驚いて固まってしまった。子犬のようなまん丸の目には、一点の曇りもなく、眩しくてつい目を逸らしてしまいそうになる。
「ふふ。重そうな樽を背負って、ずーっと笑顔で、かっこよかったのよね?」
小さな肩を抱くおばあちゃんの目も、少年と同じだ、と思った。

その場でビールを注ぎながら、数分の間に色々な話をした。
彼女たちは最近親戚のいる関東に越してきたばかりで、この球場に来るのが初めてなのだという。
「いい記念になったわ。おじいちゃんの影響で子供も孫も野球が好きでねえ……」
「あら、おばあちゃんのほうが野球好きじゃない?」
お母さんは微笑みながら、ねえ?と声を重ねた。
「ああ。うちの中で一番野球好きなのはばあちゃんだろう?」
お父さんも同意する。
おばあちゃんは照れくさそうに、ふふっと微笑んでいた。
「いいですね。私も、野球好きな祖父母と母に影響されたんですよ」
「あら。お姉さんもやっぱり野球が好きなのね! だからすごく楽しそうに見えたんだわ」
売り子を辞めようか迷っていた心は、この時もうすっかり吹っ切れていた。その気持ちが少しでも仕事に現れていることが、ちょっぴり嬉しくなった。

「お待たせしました。3杯で2400円になります」
「ありがとう。時間を取ってしまってごめんなさいね。この後も頑張って。お姉さんのことも応援するわ!」
おばあちゃんがにっこり笑って、胸の前でガッツポーズを作った。

「頑張ります! この後も楽しんでくださいね」
少年が手を振ってくれるのを見て、私も小さく手を振り返す。
そのままコンコースを進み、樽替えに向かった。

試合はその後も一進一退の攻防が続き、ビールは飛ぶように売れていった。

「重いのにお姉さんよく頑張るわねぇ」
「腰は痛くない? 大丈夫?」
「あまり無理をしたらダメよ」
「ほら、うちわであおいであげるわ」
近くの通路を通る度に、頑張れ頑張れと声をかけてくれるおばあちゃんの声は温かいエールのようで、照れくさいけれどくたくたな身体にじわりと染みる。
お父さんとお母さんは、それから追加で2杯もビールを買ってくれた。

8回裏終了のアナウンスが響き渡る。今日の販売は終了だ。
いつもはそのまま精算所へ向かうけれど、今日は最後にあの家族に挨拶をしたいと思った。

「今日はありがとうございました。みなさん、楽しめましたか?」
両親は3杯飲んだせいか頬を少し紅くしたまま、楽しかったよね、うんうん、と頷いている。少女は隣の椅子でこくりこくりと揺れながら今にも眠りそうだ。少年は、さっきと同じまん丸の眼をグラウンドに向けていた。
私は汗だくで、ほとんどすっぴんに近くなった顔で思わず微笑むと、左手にあたたかい体温を感じた。

「お姉さん、ありがとう。あの地震があってから、こんなに心から笑えたのは久しぶりよ。話を聞いてくれて、写真を撮ってくれて。ビールも、とてもおいしかったわ」

おばあちゃんがうっすらと三日月の目を潤ませるのを見て、心臓がジン、と音を立てた。
うまく返事ができず、私はただ頷くしかなかった。
少年は目を丸くしたまま、不思議そうに私を見つめていた。

「今日は、あなたに会えて、本当に良かった。これからもきっと色々大変なことがあるけれど……辛くなったら、今日のことを、あなたの笑顔を思い出すわ」

私は、最後までかっこいいビールの売り子のお姉さん、でいたかった。
目の奥の方にぐっと力を入れ、今日一番の笑顔を作る。

「こちらこそ、ありがとうございました! どうか、お元気でいてください」
左手の体温をもう片方の掌で包むのが、精一杯の答えだった。

最後にもう一度だけ、5人に小さく手を振った。

私が今まで生きてきた中で、一番の笑顔を添えて。



ロッカーに続く誰もいない廊下に佇み、私は泣いた。
以前のそれとは明らかに違う温度の涙が、瞼から筋を引いて零れていく。

通路の向こうから、大きな歓声が聞こえてきた。

・・・

あの家族の名前を、私は知らない。

売り子を辞めるまで何度か同じ席のあたりを探してみたけれど、二度と会うことはできなかった。

少年は、あの後野球を始めただろうか。
もう、立派な大人になっているはずだ。
写真を撮った事なんて、きっと忘れてしまっているだろう。

おばあちゃんは、元気にしているかな。
あの日最後に見せてくれた涙は、12年経った今、笑顔に変わっているだろうか。

どうか、どうか幸せでいて欲しい。

もしもあの時、「ビールの売り子」を辞める選択をしていたら、出会えなかったご家族。

いや、違う。
あの日、野球を観に行っていなければ。
高橋選手のホームランをきっかけに野球を好きになっていなければ。
売り子のお姉さんに出会わなければ。
大学生で売り子のバイトに応募していなければ。
あの時、もし、地震が起きていなければ。
出会えなかったのかもしれない。

5人のおかげで、私はあの後も、売り子のアルバイトを続けることができました。
かけてもらった温かい言葉を、何度も何度も思い出して笑顔になることができました。
あなたたちが喜んでくれたから、自分の仕事を誇らしく思えました。
つらい状況を一瞬で変えたり大勢の人の心を動かしたりするのは難しいけれど、目の前の人を笑顔にすることの大切さを、知ることができました。

もう一度お会いできる確率は限りなく低いと思うけれど、もし奇跡が起こって、どこかで巡り会うことができたなら。

「私をヒーローにしてくれて、ありがとうございました」と、伝えたい。

・・・

人生は、小さな選択と決断の連続だ。

その選択が、合っていたのか、間違っていたのか。ふとした瞬間に考えてしまうことはあるけれど、その選択の先にしかない出来事や出会いが、必ずあるのだということ。
あのご家族に出会えたおかげで、私は自分の選択を後悔することが少なくなった。

あの日から、ずっと考えている。
私にできることは何だろうか、と。

あれから、12年。
ただただ野球が好きなビールの売り子から社会人になった今、私は誰かのために生きることができているだろうか。

テレビから、ネットから、ラジオから、はたまた別の何かから、今もニュースは次々と流れてくる。楽しいニュースだけではない。ここ数年、そしてここ最近は、つらくて重いニュースも増えてしまった。

そのニュースの中には、ただ事実だけを述べているようでも、背景には多くの心が隠れているように思う。誰かを思う強い気持ちはもちろん、悔しさも、悲しさも、もどかしさも、生きたかったという切実な願いも。
そんな感情に触れたとき、とてつもなく自分が無力であるように感じてしまう。

そんな時は、そっと胸に手をあててみる。

あの家族の笑顔があたたかな灯火として心に宿り、その後の人生で何度も私を奮い立たせ、ピンチの時に勝負の笑顔を作らせてくれたように。
優しさは、めぐりめぐって誰かのためになるのだと信じている。

たとえ、ちっぽけな私の、小さな選択だったとしても。
目の前の小さな優しさから、目の前にいる人の一瞬の笑顔を作るところから、まずは一歩、踏み出したいと思うのだ。

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