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読書記録「嚙みあわない会話と、ある過去について」

胸がイタイ……。とにかく胸がイタくなる作品だった。
学生時代の青い頃の過去がガジガジかじりついてくる。

タイトルの通りの短編が詰め込まれた短編集。
タイトルを最初に見た時はどういう意味だろうと思った。
読んでみると、タイトルの通りだった。
当事者同士が当時を思い返しながらする会話が嚙み合わないことに焦点置いた短編集である。
例えば、私はあなたのことを尊重していたはずなのに、相手は自分を軽んじられていると思っていた、など。
過去の食い違いは、恐らく誰にだって起こる事態だと思う。

最初の短編「ナベちゃんと嫁」は学生の頃のサークルメンバーだったナベちゃんから結婚の連絡が届いたが、どうもお嫁さんが厄介そうである、というお話。
私たちがサークルメンバーとしてナベちゃんに抱く期待と、ナベちゃんが私たちに抱いていた淡い期待。
その食い違いから疎遠になっていくナベちゃんへの思い。
現実にも「ナベちゃんの嫁」のような人はいる。
私や私の周りの人たちは、「ナベちゃんと嫁」のような人とは自然と距離を取っているような気がする。
他人事として読んでいた。
他の短編を読み進めて、その他人事感を恥じた。

【嚙みあわない会話】が自分自身にもあり得る事だと感じたのは「パッとしない子」と「早穂とゆかり」の短編である。

「パッとしない子」は国民的アイドルになった元教え子に再会する小学校教諭の美穂。小学生時代はパッとしない子だったのに、国民的アイドルになるなんて、と特別な感情で再会を喜ぶ美穂に対して、国民的アイドルの思い。

「早穂とゆかり」は県内情報誌のライターをしている早穂が、塾経営をしているゆかりにインタビューすることになる。早穂とゆかりは小学校の同級生で、早穂はあの頃のゆかりをイタイ子だと思っていたが、ゆかりが早穂に対する印象は違っていた。

過去に襲われる。
自分がどこまでも傲慢な人物だったと思わされる。
人間は成長するから、過去の自分からは別の人間のような考え方に変化することだってあると思う。
でも、本質は変わらないんだろうな。

小学生の頃、私はジャングルジムのてっぺんで、真っ向からあなたのことが嫌いだと言われたことがある。理由も言われただろうけれど、嫌いだと言われたことがショックで覚えていない。覚えているのは、ジャングルジムのてっぺんで深く傷ついたことだけ。
私はわあわあと泣きながらグラウンドを歩き、誰かに何も言われたくなかったから教室に着くころには涙を拭いた。
それから疎遠になり、中学校も違ったから会うことはなくなった。
その相手と学生の頃に最寄り駅で会ったことがある。
久しぶり、と笑顔で話しかけられた。

この本を読みながら、その出来事を思い出した。
私も相手も立派な大人になったのに、私は小学生の頃のあの子が許せていない。

私が傷ついたことを相手が覚えていなかったように、私も誰かを傷つけている。
それを答え合わせすることは今後ほとんど叶わないだろうと思うと、更にぞっとする。

この本は薄いが、読者に自身の過去を思い出させる重さがある。
本の価値は、本の値段や厚みとは関係ない。
この本は本棚に並べておいて、タイトルを見返す度に自分の過去を鑑みるきっかけとなる本だと思う。


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