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【美術・アート系のブックリスト】 前田良三著『ナチス絵画の謎―逆襲するアカデミズムと「大ドイツ美術展」』 みすず書房

「大ドイツ美術展」といえば、1937年に「頽廃美術展」と同時期に開かれたナチス的美術を集めた展覧会。いまでは芸術的な評価は全く得ることはなく、研究の対象にすらならない。筆者はその歴史的意義を、展示作品の代表作であったアドルフ・ツィーグラーの《四大元素》に焦点を当てて掘り下げていきます。

《四大元素》とは、伝統的な三面の祭壇画の形式に描かれた四人の裸婦像で、それぞれが火土水風の四大元素を擬人化している。なぜそれがナチス美術あるいはナチス美学を体現しているのかを、筆者は様々な角度と深度から描き出します。

本書によれば《四大元素》がめざしたのは神話的題材を模倣し、写実技法によって完璧に表現することでした。このとき裸の肉体は扇情的でなく、生の歓喜を表現するでもなく、ひたすら国家建設のための人口増加つまり生殖の観点から理想とされた平均的ドイツ人女性の女体描写に徹しているといいます。つまりどこまで真面目に描き取られた標本のような裸となっていることが、この絵の凡庸さと違和感のもとであると主張されるわけです。

ナチスドイツの芸術運動という、人類の歴史の失敗例を紐解く論考として面白く読めました。ナチス美術がなぜどんな意味で芸術的冒険がなく凡庸であるかを同定することは、学術的には必要な研究ではあるでしょう。

しかし読んでいて虚しく感じるのも正直なところ。というのも、美や芸術について考えるとき、人はいつでもそこから何かブラスの感情や感動を期待するからです。アーティストとしての成功の物語や、たとえ生前は認められなくても、自分の芸術を深めた結果死後に評価された画家の評伝など、人はいつでも芸術への純粋さや真摯な態度や孤高の気高さを求めます。よって美術の愛好家からすると本書は勉強にはなっても、楽しくはないというのが本音です。それは筆者の問題というより、美や芸術と政治が相容れないという原理的な問題のように思いました。

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2020年4月22日


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