【美術・アート系のブックリスト】 Magnus Resch著『How To Become A Successful Artist』 PHAIDON
著者はドイツ人研究者のマグナス・レッシュ。いくつかの大学でマーケティングに則ったアートマネージメントの講座をもつ一方、『Management of Art Galleries』いう、ギャラリストのための営業指南本で一躍有名なりました。Larry's Listというアートディーラー向けに大口コレクターを紹介するサイトの創立者の一人でもあります。
さてこの本は訳すと『アーティストとして成功する方法』でして、主にビジネススキルという観点から、アーティストになる方法を語っています。非常に同意できる部分がいくつかあります。またアーティスト自身やその家族、またギャラリストが自身の成功体験や失敗体験などを通してアーティストになる方法を語る「体験談」を記した本は多いのですが、学者として理論として体系的にアーティストになる方法を語る本は珍しいのでここで紹介します。
目次に従って、概要と私が特筆すべきと思った点を挙げます。
1 【はじめに】ここでは、芸術家の成功を、経済的成功、芸術的成功、社会規範上の成功の3つと定義しています。マインドセットを変えて、起業家精神で挑め、つまりビジネスマンと同じ発想で戦略的にアートを発表することを提唱します。いわく、「ミッション」「ビジョン」「ゴール」を設定することが勧められ、アップルやマイクロソフト社の例をとりあげています。
2【リサーチから分かること データによるアプローチ】芸術家としての評価を数値化し、データを分析することでアーティストになる方法が見えてくることが宣言されます。
ここで面白いのは、アーティストのキャリアの最初にアートシーンの中心でデビューすることがその人の芸術家人生を左右するという下り。ニューヨークのガゴシアンやペイスといったメガギャラリー、MOMAやホイットニー美術館といった有名美術館で若くして展示されたアーティストはかなりの確率でその後も第一線で活躍するというデータがあるそうです。
確かに日本でも、若いときに銀座の有名画廊や国際的なアートフェアに出展するギャラリーの扱いになっておくと、いわゆるラインに乗ってそのまま一線で活躍する確率が高いです。
3【アートマーケットとは】アートを買うのはヨーロッパの白人男性がほとんどという話。また歴史的に見て、アートの中心はどんどん移っていて、ルネサンス期はフィレンツェ、それからアムステルダム、近代はパリ、ロンドン、そしてアメリカ。戦後はドイツのケルンでアートフェアが生まれ、スイス・バーゼルへと移ったとのこと。オンラインでの販売市場のデータもあります。
4【アーティスト】ここでもデータを示しているのですが、要するにトップクラスのアーティストは全体の0.5%であり、その次にベテランと若手の人気アーティストが6%、ローカルに活躍するのが12%、評価は高くなく収入も少ないアーティストが40%、全く評価されていないアーティストが41.5%と図解しています。
ステージの差は概ね芸術的な価値ではなく、どこのギャラリーで発表するかにかかっていることが力説されます。
5【ギャラリー】ギャラリーも4つに順位を分けられ、トップは0.1%、二番目のクラスが2.5%、三番目が20%、四番目が77.5%と分類しています。トップのギャラリーとは、例えばアートフェアで一番いい場所に大スペースを構えているギャラリーです。
さてアーティストがギャラリーの扱いになるにはどうするかは、ここで解説されています。展覧会のオープニングに行くこと、ホームページを研究すること、その場所で展覧会歴のある人にいろいろ質問するといい、など。
またネットワークは大事で、いかにしてコネクションを作るか、その方法が述べられます。
6【コレクター】コレクターの種類、国際フェアでの動員人数のほか、コレクターと知り合う方法、買ってもらう方法などなど。
7【ジャーナリスト】記事を書いてもらう方法。プレスリリースの作り方も伝授されます。面白いのは、プレスリリースの間違った配信方法を多くのギャラリーがやっているという指摘。それはメール本文にコンテンツを書くこと。私も受け取る側として、完全に同意します。
PDFやWORDのリリースを添付してくれれば読みますが、本文がhtmlメールだったりすると途端に読む気になれずすぐに捨ててしまいます。
8【ブランド作り】アーティストが自分のブランドを確立するためのほぼ唯一の方法として、自身を物語化して語ることだと断定され、それをどう組み立てていくかが指南されます。
9【オンライン販売】ウェブサイトでの作品の売り方とインスタグラムの活用が大事という話。
10【文書】契約書、請求書、チャックリストといったビジネス上の文書の書き方を説明しています。最後にポートフォリオ、略歴、ステートメントについての簡単な説明で本書はおしまい。
以上のように、アート業界で成功するための様々な方法がほぼまんべんなく解説されています。なかでも興味を惹かれたのは、アーティストはどのようにギャラリーにアプローチするかという下りで、「やってはいけないこと」の中に、直接電話したりメールを送ったりすることが入っていたこと。
むしろ自前のホームページやインスタグラムを充実させておいて、そこへ誘導することの方が効果的とのこと。実際、アートフェアの会場などでギャラリストやコレクターにアーティストが自己紹介すると、彼らはすぐにインスタをチェックするからです。つまりインスタはいまやファーストコンタクトのプラットフォームになっていて、略歴やステートメントやポートフォリオをインスタに準備しておくことが有効ということです。現代の状況をうまくつかんだ戦略だと関心した次第。
欲をいえば、アーティストは物語を作ることが大事といっている割には、言葉の磨き方について説明が意外にあっさりしすぎていてものたりないです。もっときっちりステートメントやバイオグラフィーの書き方を解説してほしいものです。それについては、私自身の「ステートメントの書き方」講座をそのうちここにもアップしておきましょう。