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【美術・アート系のブックリスト】 上野千鶴子著『情報生産者になる』 (ちくま新書)

プレゼンやブログなども含めた広い意味での情報発信の方法を期待して読んだが、実際には専門性の高い論文を書くための準備と作業の具体的な方法が説明されている。それはそれで重要だし勉強にもなったのだが、私が想定する広い意味でのプレゼンの参考にするには、相当私が咀嚼、読解しなければと思いつつ読み進めていった。実際、アマゾンの書評にもあるように、タイトル詐欺と疑われても仕方ない(これは版元と編集者に責任がある)。

ところが、後半に引っかかる一文を発見して一気に面白くなった。「論文のコミュニケーション技術とは説得の技術であって、共感の技術ではない」だ。論文とは客観的な事実と整合性の高い論理を組み立てて読者を説得することが目的であるとはっきり宣言している。このとき著者が想定しているのは、論文は文学作品ではないということである。文学は個人が頭の中で生産するファンタジーであり、それは共感という仕方で読者の心を動かし浸透していく。文字によって制作された作品が文学だが、これを絵画など美術作品に関する情報発信、つまりプレゼンやステートメント作りに読み替えてもいい。

裏側からいえば、共感こそ芸術家が作品で実現しなければならない鑑賞者への働きかけである。制作しただけでは意味がない。では芸術家が「戦略的に」「意識して」、共感を得ることはできないだろうか、というのが私自身の問いである。

そのヒントはやはり、この本の中でたくさん発見することができた。
また論文は紀要、学会誌、書籍などの形で出版され、読者に届くことが必要であり、そのためには別の手続きと努力が必要であることも説明されている。編集者やプロデューサーの必要性はここで説かれる。これも、美術作品の場合は、展覧会やギャラリストの必要性と並行関係にあり、参考になった。東北芸術工科大学にはデザイン工学部コミュニティデザイン学科があり、いわゆる情報発信のプロデューサーを養成していることも本書で知った。

著者の意図とは別に自分自身の勝手な興味と視点で読むことの醍醐味とはこういうことである。

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2019年6月17日

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