見出し画像

【小説/ショートショート】博士と藤村

「ふうぅー」
長い息をつきながら、藤村は両手に持っていたコンテナボックスを実験室の入り口近くの机上に置いた。中には一般人が見慣れないであろう金属パーツがぎっしりと詰まっている。建物の入口で受け取ったコンテナを建物の一番奥にあるこの実験室に運んでくるのは、女性である藤村にとって超がつくほどの重労働だった。

「博士、ふぅ、届いたものここに置いておきますよ」
息を切らしながら、藤村は実験室の奥で作業台に向かっている白髪の男に声をかけた。

「ん」
博士と呼ばれた白髪の男は藤村のほうを一瞥もせず、短い返事をした。
彼の手元では細長い金属パーツと四角い金属パーツの接続が行われている。
博士の右側には大型のパソコンと3台のモニターが置かれており、各モニターではそれぞれ別の計算が行われていた。

藤村は、ほとんど無視されたことに少々イラっとしたが、平静を装い
「お茶でも飲まれますか?」
と聞いた。しばらくの沈黙ののち
「ん?」
とだけ返事があった。集中するといつもこんな調子だ。

結局藤村はお茶の用意をすることなく、博士の手元の作業が終わるまでファイルの整理や実験室の片づけをした。フロアにモップをかけ終わったところでようやく博士が顔を上げ、藤村のほうを見た。
細面で、二重瞼が大きい。鼻筋も通っており、口は大きくて唇がやや薄い。要するに顔立ちが整っている。肌艶も血色もよく、髪の毛さえ染めれば20代といっても通りそうである。

「届いたパーツ、あそこに置いておきましたよ」
藤村は念押すように言った。しかし博士はぶっきらぼうに
「聞いた」
とだけ返した。
「お茶が欲しい」
藤村はため息をつきたくなるのを堪え、給湯室に向かった。

藤村がお茶を淹れて給湯室に戻ると、博士はファイルを物色していた。
つい先ほど藤村が片付けたファイル類がもうぐちゃぐちゃになっている。藤村は今度こそ本当にため息をついた。
「・・・お茶、入りました」
そう博士に声をかけ、コンテナボックスを置いた机の横の机にお茶を置いた。この部屋で唯一、二人が腰かけられる机である。
「ん」
博士はファイルを片付けることなく椅子につきお茶をすすった。藤村も向かいに座り、お茶を飲む。博士の好みに合わせているため、藤村には薄すぎるお茶だ。

しばらく黙ったまま二人でお茶を飲んでいたが、藤村がおずおずと話し出した。
「博士」
博士の顔色を窺いながら藤村は続けた。
「アンドロイドなんて本当に作れるんでしょうか?」
博士の顔に侮蔑が浮かんだ。
「いまさら何を言ってるんだ君は」
そう吐き捨てるように言ってから表情を真顔に戻し
「まあいい。君が心配しているのはどういう点だ?」
「まずは安全性です」
今度は博士がため息をついた。
「それを一定程度以上担保するために我々技術者がいるんだろう。考えうる限りのエラーを事前に想定し、それに対する未然防止策を随所に施す。工事ではないが安全第一なのだよ。一方で、利便性が高ければ絶対安全でなくても人類は使わざるを得ない。その証拠に、年間何千人交通事故で亡くなろうとも、現代の人類は車の使用をやめられない。これはもちろん安全性を放棄して利便性を追い求めるということではないが、そもそも、100%安全です、なんてことが言える工業製品はこの世にはない。」
「未然防止策とはどのようなものですか?」
「そんなこと、私に聞く前に君には読まなければいけない資料や文献が何百冊もあるんじゃないか。ここにきてそんな初歩的な質問をするとは、なぜ『上』は私のもとに君のような人材を送ってくるのか・・・」
アンドロイド開発を依頼している行政機関を博士は『上』と呼ぶ。藤村は『上』から博士のもとに派遣されていた。
「ちなみに、倫理面はどうですか?」
「倫理、か。倫理にもいろいろあるがね。よく話題に上がるのはアンドロイドに人権はあるか?などというトピックだな。確かに人の形をしていて会話もできるモノがむごい扱いを受けていれば心も痛む。ただ、陳腐な反論ではあるが人の形をしていない機械なら会話ができても地雷原に突っ込ませていいのか?ひいてはすべての機械に人権を認めるのか?などという議論に終着しかねない。結局できたものをどう扱っていくかは民衆だの政治家だの『上』だのが決めることで、我々は要求されたものをできる限りのクオリティで作っていくしかない、それに」
そう言いながらお茶を持ち上げた瞬間、博士の動きがぴたりと止まった。急な制動に耐え切れなかったお茶が床にこぼれる。
藤村はその様子を確認すると携帯電話を開いた。

「もしもし、本部ですか?藤村です。博士が停止してしまいました。至急予備バッテリーを送ってください。ああ、そうです、AD-15のこと、博士って呼んでるんです。博士っぽいじゃないですか。そういえば、博士は本部のこと『上』って呼んでますよ。そうそう、AD-15にアンドロイド作らせる計画、アンドロイドにアンドロイド作らせる計画ですけどね、そこそこ順調な進捗です。さっきちょっとテストしてみたんですけど、安全面を聞いたときは意義だけ答えて社外秘のテクノロジーの部分は話しませんでした。アンドロイドを作る倫理観を聞かれてもそれっぽくかわすことができるようもなりました。まあ、本気で詰めたらショートしちゃうかもしれないですけど。
でも、こいつ白髪なのになんで肌ツヤツヤなんですか。自分より肌質いいおじさん見るのちょっと嫌なんですけど。あと、お茶が飲める機構要ります?作るならもっと濃いお茶飲めるようにしてほしいんですけど・・・」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?