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明日雨が降ったら、運動会は中止です。

よく小学校の先生が言いそうな言葉です。

「明日雨が降ったら、運動会が中止です。」

今回はこの言葉の意味が、常識的なとらえ方と数学に乖離があることをお話ししたいです。


まず、明日実際にあり得るのは以下の4パターンですね。

①明日雨が降って、運動会が中止。

②明日雨が降って、運動会が開催。

③明日雨が降らず、運動会が中止。

④明日雨が降らず、運動会が開催。


さて、「雨が降ったら、運動会が中止です。」という文章の意味を考えると、もちろん①はあり得ます。これは現実でも数学でも当たり前のことです。

はどうでしょう、雨が降ったにもかかわらず、言ったことと真反対のことをしていますから、これは現実でも数学でもあり得ません


問題は③と④です。現実的に考えると、「③はあり得ず、④はあり得る。」というのが普通でしょう。一方で、数学的に考えますと、結論から申し上げますと、やるのかやらないのかわからないので「③も④もあり得る。」としかいえません。

なぜ、そんなことになるかと思います。理由は簡単です。雨が降らなかった時のことは何も言っていないからです。この場合は条件「雨が降ること」でした。その仮定を満たしていないことになります。少し数学っぽく書くことにしたら、

雨が降る⇒運動会が中止


とでも書けましょう。実は命題の仮定を満たしていないときは、あとに何を言ったって成り立ってしまいます。つまりその可能性を否定できないというわけです。よく宝くじが当たったらなんて話したりしますが、宝くじを1枚も買っていない人が「もし1等が当たったら、全額寄付する。」なんて言ったとしても、この人に嘘つき!!と言い放てません。そういえるのは、宝くじで一等あたったのに全額寄付しなかったときだけです。

というわけでして、③と④に対して(特に③)、「あり得ない」や「約束が違う」というのはお角違いなのであります。

ではなぜ、私たちは③が起きたとき「約束が違う」と思うのでしょう。理由は簡単です。2つの常識がそうするのです。1つは「ふつう雨が降ってなかったら、運動会をするでしょう」ということ。もう一つが「Aでない⇒Bでない」という意味を含んでいるととらえていること。この場合ですと「雨が降ったら、運動会は中止です。」には「雨が降らなかったら、運動会はします。」ということを含んでいるととらえます。これも生活から身についた常識です。「勉強したらと、ゲームしていいよ。」は「勉強しないと、ゲームをしてはいけません。」と同じ意味だと、経験的に知っているからです。


しかし、数学では一般に

「A⇒B」が成り立つとき、

「Aでない⇒Bでない」は成り立つとは限りません。


例はいくらでもあります。四角形において「正方形⇒4辺の長さは等しい」は正しいですが、「正方形でない⇒4辺の長さは等しくない」は嘘です。反例として、ひし形がありますね。ほかにも、「18歳以上⇒結婚できる」は正しいですが、「18歳未満⇒結婚できない」は嘘ですね。女性は16歳から結婚できるからです。

では、次の文章はどうでしょう。「運転免許をもっている⇒免許に記載された車を運転できる」これは正しいですね。一方で、「運転免許をもっていない⇒免許に記載された車を運転できない」も正しいですね。これはどうして成り立つかというと「A⇒B」だけでなく「B⇒A」も成り立っているからです。数学的に申せば、AとBは必要十分条件であり、いわばAをBで定義しているようなものです。「運転できることの定義は、当該免許を所持する。」ほかありませんから、Aでない⇒Bでないも成り立つのです。(ちなみに、「B⇒A」の対偶は「Aでない⇒Bでない」であります。)

こうしたことはあくまでも数学的なとらえ方であって、実際は常識というフィルターを通しますので、発言以上の拡大解釈します。あまりに好き勝手に解釈すると、人生においては得をしません。ときおり常識の相違により、ずれが生じたりするものです。とくに大事な事柄を扱うときには、拡大解釈されないような表現をせず、さらに拡大解釈をして勝手な思い込みをしないようにしなければなりませんね。



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