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半減させること、無しで済ますこと_太陽に合わせて暮らす(7/8)

07:半減させることと、無しで済ますこと

Cover  Photo by davisuko on Unsplash

マガジン「暮らしの実験」

自ら実験台になり、日々の生活と環境をクリエイティブな視点で工夫し、改善し、その顛末を記録します。時にミニマリスト、時にマキシマリスト、そして往々にしてエキセントリックで、稀にエクストリームな暮らしの小さな実験の数々。常識を疑い、生活の基本を体験的に理解することで、現代社会を機知と共にサヴァイブし静かな野生を呼び覚まします。あるいはマンネリ化する日常からの逸脱、漂流。ウェルビーイングの先の地平へ。時々有料記事。ぜひ御贔屓に。

 電力消費にフォーカスして、いろんな工夫を紹介したが、電力に限らず、何かを劇的にリデュースさせるためには、これまでの考え方をドラスティックに変えてみる必要がある。

 僕は建築設計の分野で仕事をしてきたが、住宅などの設計で、工事見積をとると予算の倍くらいになること(これは建築設計者あるあるであって、多くの優れた設計者の一つの資質でもある,、と仲間内では信じられている。何故なら、言われた予算に最初から収まる設計は、往々にして言われた予算以下の工事で作られるからだ。そのため、ダブルスコアの見積もりから施主と一緒に取捨選択し、工事業者とも交渉と工夫を重ね、本当に必要なものを探り出していくプロセスが無駄のない美しくかつ使いやすくコストパフォーマンスの高い建築になる、というのがその理由だが)がある。

 そのような、大きな隔たりのある「削減」をするには、ちょっとだけ減らします、とかやっていても金額は下がりはしない。逆に手間が増えて人件費が上がる、なんてことはしょっちゅうあるのだ。だから、そこで意識していることは「半分にする」ことの効果の高さ、それと思い切って「無しで済ませる」大胆な発想の転換である。半分にするか、無しにするかくらいであれば、削減効果はグッと高くなる。そして、その判断には、住む人の適応力、対応力、柔軟さ、クリエイティビティが介入する余地が生まれるし、贅肉のない身体のように、フィットして必要かつ十分なもので満たされた住宅が出来上がる。

 もう少し身近な例えを考えてみることにしよう。例えばある料理のレシピがある。レシピには、塩を小さじ2杯、と書いてあるところ、うっかり小さじ1杯で作ってみたら、それでもじゅうぶん美味しく食べられたとする。そうすると、あなたにとってのレシピは小さじ1杯の塩でいいわけである。同じ料理を作り続けるとしたら、ひと瓶の塩を使い続けられる期間は倍になる。あるいは、必要な塩の量は半分の容器の商品で済む。単純な算数である。

 これが、1/3とか1/4とかの削減ではあまり効果を感じない。少なくとも半分減らせるものと、思い切って無くせるものを見付けること。これがコツである。

 これを消費電力と暮らしの道具について当てはめると、これまで話してきたような、テレビなどの機器、電気仕掛けの掃除機、照明器具、ヘアードライヤーなどの「商品電力の比較的大きなもの」または「何となく常にオンになっていることが常態化しているもの」を無くす、あるいは、数を半減させることで、月々の商品電力は大きく違ってくるはず。これは早起きの習慣と同じで、最初は戸惑うし、慣れないかもしれない。でも、ある期間を過ぎると、逆に「自由」というか、何かに依存しているものが減っていく開放感が生まれてくる。それを、精神的なオフグリッド、と呼んでも良いのかなと考えている。




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