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今日が良くても明日はどうかわからない

気持ちの浮き沈みとは、どの程度が病的なのか

「この程度なら普通ですよ」

「それは大変だ…しばらく休んだ方がいいですよ」

その指標とは…?
わからない。わからないから苦しいのだ。

「その程度でくよくよするなよ、皆頑張ってるよ」
「俺だってそうだよ」
「私だってそうよ」
「それくらい、よくある事だろう?」

では“それくらい”とは“どれくらい”…?

怪我や内科的疾患なら血液検査データとして数値化されたり
レントゲン、CT、MRIにエコー…今や技術の進歩により目で見て病変が写し出される

しかしあくまで素人が知る範囲では
精神科領域は一筋縄では行かず問診や心理検査のようなものがメインなのではないだろうか

診断が難しいのではないだろうか
光トポグラフィーという脳の血流を診る機械もあるが
あくまで“補助的診断”なのだという

精神科領域の医療従事者の方々は日々そんな
“見えないもの”と向き合っていらっしゃるのだろうか…

そんな気の遠くなりそうな…(あくまで素人目線で)
とても大変なのではなかろうか

さて、冒頭の話より逸れていってしまっているが
気持ちの浮き沈みの話を書きたかったのである

昨日、今日と休日を頂いていたのであるが
どうにも無気力で寝てばかりだ

先週、仕事はまあまあ普通の気持ちで気落ちし過ぎずできていたと思ったのだが…何かに疲れていたらしい

眠れるものなら一日中でも寝ていたい

そんなこんなで過ごしていた訳だが、ふと「何で働いているのだろう」と思ってしまった

これはいかん、と気持ちを盛り上げようと“働く意味がわからない”とネット検索をかける

すると出てきた
“どう生きたいか明確にしなければ働くという意味は見えてきづらい”

生きたい生き方か…
今は将来なんて考える余裕ないな

ただぼんやりと思っている事はある

海の見える街で一人暮らしをしたい

というものだ

それは何故なのか

というのは恐らく今の都会の喧騒みたいなごちゃごちゃした慌ただしい日々から抜け出して自分のペースで生きたいのだと思う

自分の知っている人がいない街でひっそりとゆったりと
両親と暮らしている事にも窮屈さを感じないかと言えば嘘になるだろう

「今日は何時から勤務?」とか「ちゃんとおはよう言いなさい」とかそんな、日常会話さえも億劫なのだ

放っておいてほしい

そう思う
ただ、自分はお金は入れているが料理を一切作っていないし頼りっきりだとも言える

一人暮らしして、自炊して自分できちんと生活費を管理して…そうしないと情けないとも思っている

だって30歳にもなったのだから。

…また、話が逸れた
どうにも文章を書くのは好きだがまとまりがない文章になってしまう

さて、受診の日まで1週間を切っている
今は来るべきその日のために生きよう
早く検査結果を知りたい

気持ちの浮き沈みと何とか何とか自力で
よいしょと付き合いながら

最近毎日夜中に中途覚醒するのだが大丈夫なのだろうか…

よく眠れますように…!

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