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縄文短歌・俳句、遺跡でうたう。

よみ人は遺跡の風に


旅に出るといつもより少し感傷的になる。昔から人はその一握りの感傷を和歌や俳句にしてきたが、縄文にも似たような作用があるのだと思う。たとえば遺跡。広やかな草原に古い標識が立ち、動いているのは風だけ。そうした景色がふいに私たちの心を揺さぶる。縄文時代に思いを馳せることは、旅に似ているのかもしれない。そんな思いを短歌や俳句、川柳にしてみませんか。(縄文ZINE10号から)

縄文ZINEの企画で縄文短歌・俳句を募集している。
ツイッターで #縄文短歌 #縄文俳句 とつけて投稿してみてください。

縄文時代の遺跡はだいたい、たいてい、何もないのが毎回で、苦労して行った割に(ほんとなかなか苦労する)、目に見える部分ではまるで報われない。それでも僕たちは何度も遺跡に足を運び、チェックの柄の鹿撃ち帽を被った探偵のように、今と縄文時代をつなぐ見えない糸を探すわけだけど、少しそれにはコツが必要で誰にでもおいそれと見つかるようなものではなかったりする。
そこで、縄文俳句や短歌だ。縄文時代を思い、自分なりの言葉や歌にすることで、その寄る辺なさの、ほんの少しの助けになるのではないかと思う。

俳句と言っても季語はいらない。強いて言えば「縄文のなにか」が季語の代わりだと思ってほしい。縄文時代は今とはっきりと気候が違っている。季節を表す「言葉」も今と同じではないだろう。

と言っても難しいことはあまり考えず、ぜひ、遺跡とあなたの深くない仲を言葉に、歌にしてみてください。


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