泥棒の消失

 その家は忍び込むのにうってつけの家だった。ある種の気配のようなものなので、具体的にどういうことなのかを詳しく説明するのは難しいのだけれど、とにかく人目につかずに、たやすく侵入することが出来るというのが一見してわかる一軒家だった。そして経験則からいえばこういった場合スムーズに事を運べるに違いなかったし、実際今回も上手くひとまずの目的を達することが出来た。
 よく手入れされた家だった。ダイニングにあるテーブルには清潔なクロスがかけられ、パンくずの一欠片も見当たらない。その上で一輪挿しに差された八重咲の薔薇がみずみずしい花弁を開いている。
 すぐ隣のリビングにあるソファは買いたてのように革張りの布が光沢を放ち、真下に敷かれたカーペットにはシミ一つない。もしかするとここの家主は掃除や、物を丁寧に扱うことが苦にならない人間なのかもしれない。
 だからだろうか。棚の裏や四隅に埃が溜まっている光景を、僕は上手く思い描くことが出来なかった。この部屋には出しっぱなしのものや余計なものは何もなく、家具や日用品の何もかもがあるべき場所に整えられ、それらすべてが見事に調和を保っていた。これで大窓のカーテンを開いて、部屋中を明るくすれば完璧で理想的な家になるに違いなかった。それほどまでにこの空間は清潔で、奇麗だった。どうしてこんな家で生まれ、育つことが出来なかったのかという口惜しささえも抱かせるくらいに。
 そしてこういう家にはいささか過剰な資産が、少しぐらいの分け前(例えばマーマレードジャムとパン一枚くらいの価値のを。トーストに塗ると最高の組み合わせなのだ)を貰ってしまっても胸が痛まないくらいの財産が――ひいてはそれにつながるものがある。

【続く】

(2020.1/4追記)
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