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2 ___幸せ / back number

誰もいない放課後の教室の、一番後ろ。
窓側の席は私たち2人だけの世界。誰にも邪魔されたくなかった。
「わ、見て、サッカー部まだ部活やってる」
「本当だ」
生ぬるい風が私と彼女の間を通り抜けていく。
彼女の綺麗な長い髪の毛が私の頰を撫でる。思わず、指で掬ってしまう。
綺麗な、夕日に当たると輝く金色にも近い茶色のサラサラな髪の毛。
「ん?なに?」
「髪の毛、綺麗だなって」
「ありがとう、彼がね」

嗚呼、やっぱり。貴女をそんなに綺麗にするのは彼なのね。
貴女の笑顔のもとはいつも私じゃなくて彼なんだ。
「髪の毛も綺麗な子が好きだって」
なにそれ。ありのままの彼女を愛しなさいよ。
私なら、全部愛するよ、全部受け入れるのに。
「わ、こけてる〜〜はははっ!ねえ見た?」
「うん、見たよ」
なにも知らないくせに。
なにも気づかないで笑っている横顔を私はずっと見ていたのに。
貴女はそれすらも気づかないのね。
気付かれないように背中を叩く。

貴女と出会ったのは、高校一年生のとき。
たまたま席が前後で好きな歌手もたまたま一緒で、”気の合う友達ができた”と貴女は思っていたでしょう。
いいえ、私は貴女のことが最初から好きだったのよ。桜が似合う貴女に一目惚れしたの。一目見た時から好きで好きでたまらなくて。
私のものにならないとわかっていても、この沼から抜け出せないの。
私じゃ幸せにできないから。
貴女が好きなのは私じゃなくて彼だから。

片思いならいいと思っていたのに。あれは夏の暑い日。お昼の休みが終わって貴女はどこかへ消えて。
嬉しそうに戻ってきたんだっけ。嫌な予感が頭を過った。
「ねえ!聞いて!告白されちゃった!」
「・・・え?誰に?」
もう聞きたくないのだけれど。耳を塞ぎたくなる。
「先週、弟の試合見に行ったでしょ?その時にかっこいいと思っていた先輩!先輩も一目惚れだったんだって!」
嬉しそうに話す貴女を私がどんな顔で見ていたのか知らないでしょ。
「応援してくれる?」
嗚呼、狡い。狡い狡い。そんな目で見ないで。断れないのわかっているくせに。
「もちろん!幸せになりなよ?絶対応援するから!」
そういって背中を押す。彼女の華奢な体を支えるのはもう私じゃないのね。
暑い暑い夏の日。この恋も暑さのせいにして終わらせてしまえばよかった。
振られたら良かったのに。振られても私がいたのに。
こんな汚いことを思う私は貴女の友達ですらいられないかもね。

「でね、彼がね、今度は埋め合わせするから!って私が欲しかったネックレスくれて謝ってきたから許しちゃった。でもひどくない?私、二時間も待ったんだよ?」
「ええ、それはひどいよ!そんな男・・・」
”そんな男やめなよ、私がいるじゃない”なんて言えるはずもない言葉を飲み込む。
髪の毛を梳かしながら彼女の背中を見つめる。抱きついてもきっと彼女は怒らなかった。でも、そうしなかったのは、私の歯止めが効かなくなると思ったの。
「あ、今日終電までに帰ってきたら迎えにいくからって言われたから、終電までには帰るね?」
「・・・うん、わかった、気をつけて帰りなね」
久々に、2人で出かける日だったの。デパートに行って帰りに紅葉を見て、私の家で夜更けまで語り合おうって言ってたじゃない?
私は勝手にデートだと思って髪の毛も少し切ってみたのよ。
どう気付いた?私の変化に気づいてくれた?ねえ、似合ってた?
貴女の目にはもう私は映っていないのね。

「先輩が、他に好きな人ができたんだって」
そう胸の中で泣く彼女を見て私は優越感に浸っていた。
ほら。言ったじゃない。彼なんかやめて私にしときなって。言ってはないけど、思っていた。私がいるじゃない。
貴女には理解されないでしょう。でも私はもう、どうしようもなく、貴女のことが好きなのよ。誰にも盗られたくないの。
「友達が一番!!」
「そうでしょう?私はずっと傍にいるんだから」
「だね!もう忘れる!」
その日の帰りは2人で手を繋いで帰ったね。寒くて雪が積もっていて。
貴女が滑って転ばないように。どこかに行かないように強く強く握っていた。
あの時、転びそうになって触れた背中はいつにも増して小さくて、儚かった。
壊れそうで。私がその苦しみを忘れさせてあげたかったの。
ねえ、あの時、つぶやいたの。

帰り際、手が離れるときに、小さな声で。

「好きだよ」

って。貴女に聞こえたかどうかわからないけれど、貴女は笑ってこう言った。
「絶対幸せになるね!」
バカだな、私。なんでこんなに好きなんだろう。なんでこんなに貴女でないとダメなんだろう。
大好きだった。こんなに好きになる前に嫌いになれば良かった。離れることができるのなら、と何度も願っていた。
マフラーに顔を埋めて手を振った。振り返って笑う貴女に私の涙が見つからないように。


貴女の髪の毛が風で揺れている。それを梳くのは私じゃない。
幸せそうな2人を遠くで見つめる。拍手の音が会場全体を包む。
「おめでとう!」
「ありがとう〜〜」
桜が舞う。桜が似合う、貴女の薄いピンク色のウエディングドレス。
気付いて笑顔で歩いてきてくれる。
「綺麗ね」
「ありがとう、本当はね一番に見て欲しかったの」
「ごめんね。今、幸せ?」
「すごくね!!今度は貴女の結婚式に呼んでね」
「ええ、もちろん」
遠くで旦那さんが呼んでいる声が聞こえ彼女は嬉しそうに振り向く。
「旦那さんに幸せにしてもらってね?」
「もちろんよ!むしろ幸せにしてあげるんだから!」
そう言いながら、旦那さんの元へ行ってしまった。
伸ばした手は彼女に触れられず、静かに力を失った。
彼女の背中に手を回し、話している。
彼女の後ろを守るのはもう私じゃない。

「大好きな人。死ぬほど幸せになって」

私の声は誰にも届かず、その場で消えた。

「あの、ハンカチ落としましたよ」
「え?あ、ありがとうございます」
「だ、大丈夫ですか?」
「え?」
男性の目線を辿って、自分の頰に触れると生暖かいものが頰を伝っていた。
「・・・あ、大丈夫ですよ、感動しちゃっただけです」
「良かった・・・あの、お名前お伺いしていいですか?」
頰を赤らめて尋ねる彼を少し見つめてふっと笑みがこぼれる。
「ええ、いいですよ」

暖かい風が二人を包むように優しく撫でていった。




Fin

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